『皓鑭伝』で描かれた嬴子傒、その歴史的真実に迫る
中国時代劇『皓鑭伝』を視聴された方なら、嬴子傒(えい・しけい)という印象的なキャラクターを覚えているのではないでしょうか。ドラマでは秦王室の有力な王位継承者として描かれていますが、実はこの人物、史実にも実在していたのです。
しかし驚くべきことに、歴史書に残されているのは名前だけ。その生涯や人物像は、ほとんど謎に包まれています。今回は、わずかな史料から読み解ける嬴子傒の実像と、彼が巻き込まれた熾烈な王位継承争いについて解説します。
史書が語る嬴子傒の正体
『戦国策』に記された数少ない記録
嬴子傒の存在を証明するのは、中国古代の史書『戦国策秦策五』です。ここから分かる事実は限られていますが、重要な情報が含まれています。
嬴子傒のプロフィール:
- 秦孝文王の庶長子(正妻以外から生まれた長男)
- 別名は公子傒
- 後の荘襄王・嬴異人(子楚)の異母兄弟
- 相国(宰相)の支持を受けた王位継承の有力候補
彼は安国公という秦の有力貴族の息子で、かなりの権勢を持っていました。しかし生母が寵愛されなかったため、王位継承は確実ではなかったのです。
運命を変えた呂不韋の策略
嬴子傒の運命を大きく変えたのが、商人出身の政治家・呂不韋の登場でした。
呂不韋は趙国に人質として送られていた嬴異人(子楚)に目をつけ、彼を秦王にするという壮大な計画を立てます。華陽夫人を懐柔し、嬴異人を嫡子(正式な後継者)に立てることに成功。これにより、宰相の支持を受けていた嬴子傒の継承権は直接的に脅かされることになったのです。
冠礼での暗殺未遂事件―感情が招いた悲劇
剣を抜いた嬴子傒
嬴子傒の人生で最も劇的な瞬間が、嬴異人の加冠の儀(成人の儀式)で起こりました。
商人風情の呂不韋が策略を用いて弟を嫡子に据えたことに憤りを感じていた嬴子傒。周囲の噂「呂不韋が黒幕だ」がさらに彼を刺激し、ついに感情を抑えきれず、剣を抜いて呂不韋を刺殺しようとしたのです。
しかしこの衝動的な行動は失敗に終わり、嬴異人を誤って傷つけてしまったとされています。
なぜ嬴子傒は失敗したのか
史料によれば、嬴子傒は「感情に流されやすい人物」として描かれています。
対照的に、嬴異人は趙国での人質生活という過酷な環境で家族離散の苦痛に耐え、王者としての冷静さを身につけていました。この差が、二人の明暗を分けたのです。
嬴子傒の欠点:
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- 感情のコントロールができない
- 結果を考えない衝動的な行動
- 政治的謀略の欠如
- 冷静さを保てない性格
公の場での暗殺未遂という「愚策」は、まさに彼が統治者として不適格であることを証明してしまったのです。
その後の運命―二つの説
暗殺未遂事件の後、嬴子傒がどうなったかについては、史料が乏しいため複数の説があります。
説1:完全失脚説
事件後、嬴子傒は辺境に左遷され流刑に処されました。彼を支持していた宰相も処刑され、呂不韋が宰相の座に就きます。
呂不韋はこの事件を機に権力を固め、秦の朝廷政治を徐々に掌握。最終的に嬴異人の即位を実現させました。嬴子傒は庶民に降格され、その後の政治闘争には一切関与しなかったと推測されています。
説2:一時的和解説
嬴異人が即位後、呂不韋は権力を固めるため、あえて嬴子傒を懐柔し「驷車庶長」という官職に任命。宗室勢力と楚系勢力のバランスを取ろうとしました。
嬴子傒は最終的に嬴異人に忠誠を誓い、秦の宗室勢力の代表として一時的に協力したとされます。
しかし嬴政(後の始皇帝)が即位すると、嬴子傒と呂不韋の対立が再び激化。嬴子傒は嫪毐(ろうあい)と趙姫の不倫関係を公然と暴露し、間接的に呂不韋の勢力を打撃しようとしました。
最終的には嬴政により腕を切られ、完全に失脚したとされています。
宗室vs新興勢力―嬴子傒が象徴するもの
嬴子傒と嬴異人の対立は、単なる兄弟間の王位争いではありません。
これは秦の朝廷政治における宗室旧勢力と、呂不韋と結びついた楚系新興勢力との戦いだったのです。
伝統的な貴族勢力の代表だった嬴子傒に対し、商人出身の呂不韋が支援する嬴異人は新しい時代の象徴でした。この対立構図は、まさに戦国時代末期の秦が、古い体制から新しい統一王朝へと変貌していく過程を映し出しているのです。
まとめ:歴史の闇に消えた王位継承者
わずかな史料しか残されていない嬴子傒ですが、その存在は秦王室の権力闘争の激しさを物語っています。
感情に支配され、政治的手腕に欠けた彼は、冷静で戦略的な弟・嬴異人との争いに敗れました。そしてその敗北は、彼個人の失敗であると同時に、旧勢力が新興勢力に敗れた歴史の転換点でもあったのです。
中国時代劇『皓鑭伝』で描かれた嬴子傒の物語は、史実をベースにしながらも、多くのフィクションが加えられています。しかし歴史の断片から浮かび上がる彼の姿は、ドラマ以上にドラマチックな権力闘争の渦中にあったことを示しているのです。



