> ※この記事は、「[漢献帝劉協]」の生涯に流れていた「仁は、乱世に勝てるのか」という問いを、正面から取り出した一篇です。ドラマ『三国機密』の、ある問答から始めます。盗賊を斬り捨てる司馬懿(しばい)と、それを逃がしてしまう楊平(ようへい)。二人の若者の対比に、老子と孔子の、二千年の論争が宿っていました。
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河内の野の、問答
漢の衰えとともに訪れた群雄割拠の世。敗残兵は盗賊となり、無辜の民を襲う日々が続いていました。司馬家の領内・河内でも、小さな集落が盗賊に襲われ、二人の若者が駆けつけます。
司馬家の次男・司馬懿(仲達)は、ためらいなく盗賊を斬り捨てていく。一方、友人の楊平(義和)は、命乞いをする若い盗賊に情けをかけ、逃がしてしまう。楊平の心には、すべての人への憐れみがあり、どうしても人を殺せないのです。
司馬懿は、その優しさを「宋襄の仁(そうじょうのじん)」——余計な情けをかけて、かえって災いを招くこと(春秋の宋の襄公が、川を渡る最中の敵を「卑怯だ」と攻めずに大敗した故事)——だと批判し、老子の、あの冷たい言葉を引きます。
> 天地不仁、万物を以て芻狗(すうく)と為す(天地不仁、以万物為芻狗)
「芻狗」——わら犬のように
この老子(『道徳経』第五章)の言葉は、私たちの世界観を、根こそぎ揺さぶります。天地は、仁愛や思いやりで世界を動かしてなどいない。ただ無心に、ありのままに動いているだけだ、というのです。
「芻狗」とは、祭祀のときに神前に供える、わら細工の犬のこと。祭りのあいだは美しく飾られ、大切に扱われますが、祭りが終われば路傍に捨てられ、踏みつけられ、最後は薪として燃やされます。人々は、わら犬を愛しても憎んでもいない。ただ、役目のあいだ使い、終われば捨てるだけ。——老子は言う。天地は、人間を含めた万物を、このわら犬のように扱っている。特別な愛も、憎しみもなく、ただ淡々と、公平に。
仁の理想と、現実の壁
ところが、漢王朝は、その正反対のものを国の根本に据えました。孔子の説いた「仁」——他者への思いやりと愛で人心を安定させ、戦乱を収める——という理想です。仁の思想は、美しい。為政者が徳をもって民に接すれば、民も心服し、平和な世が訪れる、と。
けれど、司馬懿が目にした現実は、違いました。楊平の仁愛は、確かに美しい。でも、逃がした盗賊は、また別の村を襲うかもしれない。そのとき、新たな犠牲者が生まれる。明日の命も知れぬ飢えた人々に、「仁愛を持て」と説いて、はたして何が変わるのか。仁という理想は、ときに、さらなる悲劇を生むのではないか——。
> 私の見立て——これは、シリーズを貫く対決そのもの 司馬懿と楊平の対比は、じつは、このブログがずっと追ってきた対決の、もう一つの顔です。
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「人を信じず、仕組みと力で治める」現実主義——[商鞅]の法、[尉繚]の冷徹な計算、そして「[秦は天命を否定したのに]」で見た、天命を笑った秦のリアリズム。
それと、「徳を信じ、人の善性に賭ける」理想主義——孔子の仁、皇帝が「わざと見すぎない・聞きすぎない」あの[旒と垂裳]の徳治。
司馬懿は前者に、楊平は後者に立っています。そして歴史は、たいてい、司馬懿の側が勝つ。
——事実、この司馬懿こそ、やがて魏を内側から奪い、晋を建てる一族の祖です。「司馬」という姓も、もとは軍事を司る官職(→「[周礼の六官]」)。力の人が、力で天下を取る。けれど——その晋もまた、長くは保ちませんでした。「[陛下はどこに]」で書いたとおり、真の天子は、曹丕でも、司馬の晋でも、なかったのです。力は天下を取れても、人の心までは、けっして取れない。そこに、リアリズムだけでは届かない、最後の一片が残るのだと思います。
まとめ——二つを、どう束ねるか
では、戦いがやみ、人心が安らぐには、何が要るのか。一つの答えは、仁愛と現実的な統治の両立でしょう。理想を掲げつつ、時には厳しい決断も下す。司馬懿の冷徹さも、楊平の温かさも、どちらも要る。もう一つは、構造的な解決です。人が盗賊にならざるをえない根本の原因——貧困や、社会の不安定——そのものに手を打つこと。仁愛だけでなく、具体的な制度の改革が要る、と。
この古代の問答は、いまの私たちにも、まっすぐ刺さります。愛や善意だけで、社会の問題は解けるのか。構造を変えずに、本当の平和は来るのか。老子の冷たい現実認識と、孔子の温かい人間観。——おそらく作者が言いたいのは、どちらか一方ではなく、その両方を束ねた知恵こそが要る、ということなのでしょう。私も、そう思います。天地は仁ならざる世界かもしれない。だからこそ、せめて人が、人に対しては仁であろうとすること。その矛盾を引き受けて生きたのが、薬箱を担いだ[劉協]だったのかもしれません。
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◀ この問いの本体:[漢献帝劉協(仁を生きた皇帝)] | [陛下はどこに(采薇)]
◀ 現実主義の系譜:[商鞅(法と軍功)] | [尉繚(天命を笑う)] | [秦は天命を否定したのに]
◀ 徳治の理想:[旒と垂裳(見ない聞かない統治)] | [周礼の六官(司馬=軍事)]
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