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『満月』ミーユエ 王朝を照らす月(芈月伝)主題歌の意味と歌詞|宣太后の孤独を照らす片頭曲

ドラマ『芈月伝(ミーユエ ~王朝を照らす月~)』が始まると、まず流れてくるのがこの《満月(Mǎn Yuè)》です。古箏や排簫の音色に乗せて、悲しみと温かさが同居したような旋律が広がる——この一曲を聴くだけで、これからどんな物語が始まるのかが伝わってきます。

主題歌は「このドラマで何を伝えたかったのか」を凝縮した、いわば物語の入口です。ここでは《満月》がどんな曲なのかを整理したうえで、私なりにこの曲が何を歌っているのかを読み解いてみたいと思います。

《満月》はどんな曲?

『芈月伝』の片頭曲(オープニング曲)で、2015年に発表された中国風の楽曲です。

– 作詞:陳涛(チェン・タオ)
– 作曲:王備(ワン・ベイ)
– 歌唱:陳思思(チェン・スースー)

作曲の王備は、この《満月》だけでなく『芈月伝』の劇中音楽のほぼ全体を手がけた人物です。中国愛楽交響楽団などの演奏に、排簫(パイシャオ)や埙(けん=土笛)といった古楽器の独奏を重ね、映像と一体になった「情景交融」の音作りで知られています。歌うのは「新民歌の歌姫」と呼ばれる陳思思。澄んだ伸びやかな声で、悲しさと気高さの両方を歌い分けています。

 

 歌詞・ピンイン・対訳

平生留恋
píng shēng liú liàn
一生の思い出の恋を胸にしまい
独步炎凉
dú bù yán liáng
 灼熱の中を一人歩く
世の冷暖を一人で歩く
幸有天留一点温情可享
xìng yǒu tiān liú yī diǎn wēn qíng xiǎng
幸いにも天が少し優しさを私にをくれたから
才能面向
cái néng miàn xiàng
 それでようやく前に進むことができた
黄沙千丈
huáng shā qiān zhàng
千塵の黄砂の舞い上がる荒野に踏み出す
涌我心海不可量
yǒng wǒ xīn hǎi bù liàng
 溢れ出る私の思いは計り知れず
世间哀愁
shì jiān āi chóu
幾多の悲しみが
无止无休
zhǐ xiū
止めどなく襲ってきた
离散诀别我来一一从头
sàn jué bié wǒ lái yī yī cóng tóu
別離と決別を、私は一つひとつ、最初からたどり直す
我愿上苍
wǒ yuàn shàng cāng
 私は天に願う
在我之后
zài wǒ zhī hòu
私の後は
让天下骨肉相守
ràng tiān xià ròu xiāngshǒu
天下の肉親が引き裂かれず、寄り添えますように
我心将往
wǒ xīn jiāng wǎng
私の心は向かう
玉宇芬芳
yù yǔ fēn fāng
香り高い天へ
爱恨入土方得安详
ài hèn rù tǔ fāng ān xiáng
愛も憎しみも解き放たれて地に入っていく
我心将往
wǒ xīn jiāng wǎng
私の心は向かう
烛火之光
zhú huǒ zhī guāng
 ほのかに明るく揺らぐろうそくの弱い光へ
满月
mǎn yuè
外を見あげると満月が

格外荒凉

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gé wài huāng liáng

ひときわ冷たく照らしているだけだった

出典(ミーユエ 王朝を照らす月・作詞:陳涛(チェン・タオ)
– 作曲:王備(ワン・ベイ)

【私の見立て】《満月》は何を歌っているのか

ここからは、私の解釈です。

私はこの曲を、ミーユエが宣太后にまで上り詰めたあと、ふと自分の人生を振り返って歌った曲だと受け取っています。

歌の背後に見えてくるのは、たとえばこんな情景です。

– 幼い頃、楚の王宮で味わったしいたげられた暮らし
– 幼なじみの恋人・黄歇(こうけつ)と、別れざるを得なかった後悔
– 咸陽宮での権力闘争、姉たちとの確執

それらをすべて乗り越えて、女性として初めて「太后」という頂きに立った。なのに——その先に待っていたのは、満ちた月のように完璧に見えて、だからこそ「ひときわ荒涼とした」孤独だった。栄光の頂点と、心の欠落。その落差こそが、この曲名《満月》に込められたものだと思うのです。

見立ての詩

歌詞の語が連れてくるイメージを、私なりの言葉でたどってみます。

一生の恋を胸の奥にしまい、

私が出世する前は目もくれなかったのに、出世したとたん手のひらを返すように態度を変える、そんな薄情な世間のあいだを、私はひとり歩いてきました。

黄砂の舞い上がる果てしない荒野は、
人の欲望と争いがむき出しになる世界。
あふれ出す思いは計り知れず、
尽きることのない悲しみが、次から次へと私を襲いました。
家族とも、故郷とも、黄歇とも——私は何度も別れを重ねてきました。

だから私は天に願います。
私のあとの世では、肉親が引き裂かれず、寄り添って暮らせますように。
どうか憎しみも葬られて安らぎが訪れますように

そんな高い理想のかたわらで、私の心が見つめているのは、
ほのかに揺れる蝋燭の弱い光。
溶けていく蝋は、私の涙。
愛に身を燃やし、もう二度と思い人に会えないまま、
いままさに燃え尽きようとしている私自身のようです。

外を見上げれば、満月が悲しいほど美しい。
月は満ちているのに、私の心は欠けたまま。
どれほど身を削って恋しても、あなたに会うことはできないのですか。
満月に問うてみても——
月はただ、ことのほか荒涼と、冷たく照らしているだけでした。

 

歌詞の鍵になる言葉

歌詞のなかで、意味を取り違えやすい・あるいは深く読みたい言葉をいくつか拾っておきます。

独歩炎涼(dú bù yán liáng)
「炎涼」は文字どおりなら「暑さ・寒さ」ですが、ここは「世態炎涼」——人情の移ろい、世間の冷たさと温かさのこと。出世する前と後とで、人の態度はがらりと変わる。栄えれば擦り寄り、衰えれば去る——そんな世間を、たった一人で歩いてきた、という含みです。だから「灼熱の中を歩く」ではなく「世の冷暖(人情の機微)をひとり歩く」と読むことにしました

離散訣別(lí sàn jué bié)
「離散」は家族や親しい人との生き別れ、「訣別」は二度と会えない永遠の別れ。芈月の人生そのものを言い当てた言葉です。家族とも、故郷とも、黄歇とも——彼女は何度も「離散訣別」を重ねてきました。

譲天下骨肉相守(gǔ ròu xiāng shǒu)
「骨肉」は血を分けた肉親、「相守」は離れず寄り添うこと。直前の「離散訣別」と対になって、「天下の肉親が引き裂かれず、寄り添って暮らせますように」という祈りになります。自分自身が家族と引き裂かれた人だからこそ、後の世の人にはその苦しみを味わわせたくない——そんな願いが滲みます。

愛恨入土方得安詳
愛も憎しみも、土に還って(葬られて)はじめて、ようやく安らぎが得られる。生きているかぎり、感情は人を縛り続ける。激しく生きた人ほど、この一行は重く響きます。

満月格外荒涼(gé wài huāng liáng)
「格外」は「ことのほか・ひときわ」。満ちて完璧に見える月が、だからこそ「ひときわ荒涼としている」。満ちる=頂点(宣太后)に立ったのに、心はむしろ欠けている——この対比が、曲名《満月》そのものに込められています。曲の締めくくりとして、これ以上ない一行です。

 まとめ

《満月》は、ただの美しいオープニング曲ではありません。栄華を極めた女性が、その頂で感じた孤独を、満ちた月に重ねて歌った曲です。澄んだ陳思思の歌声と、王備の中国風の旋律が、「凄美だけれど凄涼ではない」——悲しくも気高い余韻を残します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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