『宮廷の諍い女』(甄嬛伝)のエンディングテーマ「鳳凰于飛(凤凰于飞)」。劉歓(リウ・ホアン)が歌うこの一曲を、私は果郡王と甄嬛の、二人だけの愛の歌だと思っています。
二人の物語
果郡王と甄嬛は深く愛し合い、何もかも捨ててでも添い遂げようと誓い合います。
けれど果郡王は戦に召集されます。彼が戦死したという誤報を聞いた甄嬛は、お腹に宿した果郡王の子を守るため、雍正帝の後宮へ戻る決意をします。
夜伽を命じられ、虫唾の走る思いに耐えながら、甄嬛は後宮での地位を一段ずつ固めていきます。やがて雍正帝は二人の仲を疑い、嫉妬から、甄嬛に果郡王を毒殺するよう命じます。
甄嬛は自ら毒の酒をあおるつもりでした。けれど異変に気づいた果郡王が杯をすり替え、彼のほうが命を落とすことになります。
そして最後に甄嬛は雍正帝を追い詰め、子は果郡王の子だと告げて、帝を死へと追いやるのです。
――だからこのエンディングは、玉座のための歌ではなく、笛と琴で心を通わせた二人の、報われなかった愛の歌と思います
歌詞と日本語訳
旧梦依稀 往事迷离 春花秋月里
jiù mèng yī xī wǎng shì mí lí chūn huā qiū yuè lǐ
旧い夢はおぼろげに、過ぎた日々は霞んでいく。春の花、秋の月の、その中に。
如雾里看花 水中望月 漂来又浮去
rú wù lǐ kàn huā shuǐ zhōng wàng yuè piāo lái yòu fú qù
霧ごしに花を見るように、水に映る月を眺めるように。漂い来ては、また浮かんで去っていく。
君来有声 君去无语 翻云覆雨里
jūn lái yǒu shēng jūn qù wú yǔ fān yún fù yǔ lǐ
あなたが来たときには声があったのに、去るときには言葉もなかった。移ろいやまぬ運命の中で。
虽两情相惜 两心相仪 得来复失去
suī liǎng qíng xiāng xī liǎng xīn xiāng yí dé lái fù shī qù
たがいに情を惜しみ、心を寄せ合っていても。一度は得て、また失ってしまう。
有诗待和 有歌待应 有心待相系
yǒu shī dài hè yǒu gē dài yìng yǒu xīn dài xiāng xì
唱和してくれる人を待つ詩があり、応えてくれる人を待つ歌があり、結ばれることを待つ心がある。
望长相思 望长相守 却空留琴与笛
wàng cháng xiāng sī wàng cháng xiāng shǒu què kōng liú qín yǔ dí
いつまでも想い合いたいと願い、いつまでも添い遂げたいと願った。けれど後にはただ、琴と笛だけが虚しく残された。
以情相悦 以心相许 以身相偎依
yǐ qíng xiāng yuè yǐ xīn xiāng xǔ yǐ shēn xiāng wēi yī
情をもって悦び合い、心をもって誓い合い、身を寄せて寄り添った。
愿勿相忘 愿勿相负 又奈何恨与欺
yuàn wù xiāng wàng yuàn wù xiāng fù yòu nài hé hèn yǔ qī
たがいに忘れまいと願い、たがいに背くまいと願った。それでも、恨みと欺きをどうすることもできなかった。
得非所愿 愿非所得
dé fēi suǒ yuàn yuàn fēi suǒ dé
得たものは願ったものではなく、願ったものは得られなかった。
看命运嘲弄 造化游戏
kàn mìng yùn cháo nòng zào huà yóu xì
運命にあざけられ、造化(天の采配)にもてあそばれる、ただそれだけ。
真情诺诺 终于随乱红飞花去
zhēn qíng nuò nuò zhōng yú suí luàn hóng fēi huā qù
まことの情も、交わした誓いも、ついには散る花びらとともに飛び去っていった。
期盼明月 期盼朝阳 期盼春风浴
qī pàn míng yuè qī pàn cháo yáng qī pàn chūn fēng yù
明るい月を待ち望み、朝日を待ち望み、春風に浴することを待ち望んだ。
可逆风不解 挟雨伴雪 催梅折枝去
kě nì fēng bù jiě xié yǔ bàn xuě cuī méi zhé zhī qù
けれど向かい風は意を汲んでくれず、雨を、雪を引き連れて、梅をせきたて、その枝を折って去っていった。
凤凰于飞 翙翙其羽 远去无痕迹
fèng huáng yú fēi huì huì qí yǔ yuǎn qù wú hén jì
鳳凰がつれだって飛び、その羽音を高く響かせて。今は遠くへ去り、跡形もない。
听梧桐细雨 瑟瑟其叶 随风摇记忆
tīng wú tóng xì yǔ sè sè qí yè suí fēng yáo jì yì
梧桐(あおぎり)に降る細い雨を聞く。さらさらと鳴るその葉。記憶もまた、風のなすがままに揺れる。
ことばの背景
① 鳳凰于飛・翙翙其羽
『詩経・大雅・巻阿』に由来します。翙翙(かいかい)は、鳳凰が飛ぶときの羽音を表す擬音です。『説文解字』は「翙、飛声なり」、朱熹『詩集伝』も「翙翙、羽声なり」と説きます。巻阿では、鳳凰の飛翔は瑞祥(めでたいしるし)であり、すぐれた人材が徳の高い王のもとに集まる情景の象徴でした。のちに(すでに『左伝』にも見えます)、「鳳凰于飛」は仲睦まじい夫婦・男女の結びつきを祝う言葉として用いられるようになります。
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② 梧桐(あおぎり)と瑟瑟
梧桐は、鳳凰が宿るとされた高貴な木です(「鳳凰、梧桐に非ざれば棲まず」)。秋になると冷たい雨が降り、その音を聞くと、別れや失われた恋が思い起こされます。瑟瑟(しつしつ)は、葉が風にすれて鳴る音、身震いするようなかすかな音で、心の震えを映し出します。
③ 長相思・長相守
長相思とは、離れていても思い続けること。長相守とは、共に生き、添い遂げることです。
【私の見立て】
「却空留琴与笛(けれど後にはただ、琴と笛だけが虚しく残された)」――この一行に、私は二人の姿がそのまま重なります。琴と笛は、果郡王と甄嬛が音を交わし、心を通わせた、あの幸福な日々の楽器です。けれどいまは、奏でる手も、応える声も失われ、楽器だけがぽつんと残されている。
「凤凰于飞」とは本来、仲睦まじい二羽が連れ立って飛ぶ、めでたい言葉でした。それなのにこの歌では、鳳凰は「远去无痕迹(遠くへ去り、跡形もない)」。一羽はもう傍らにいません。めでたいはずの言葉を、別れの言葉として裏返しに使っているところに、この曲のいちばん深い哀しみがあるように思います。
「得非所愿 愿非所得(得たものは願ったものではなく、願ったものは得られなかった)」。甄嬛は後宮で最高の地位を手に入れました。けれど、本当に欲しかったのは、笛を吹いてくれるあの人と、ただ静かに添い遂げることだった――。手にしたものと、望んだものとが、ついに交わらなかった生涯を、この二行が静かに言い当てているのではないでしょうか。
(※「私の解釈による詩」は、原文の逐語訳ではなく、私さとえが情景を汲んで自由に訳し直したものです。逐語の正確な意味は上の「歌詞と日本語訳」をご覧ください。)
私の解釈による詩
夢のような日々は春の朧に、秋の月にかすんでいく
思い出は、霧の中の花のように、水面に映る月のように漂っては、消えていく
あなたがきた時は優しい声を聞けたのに、去る時は言葉もなかった
愛し合い、心寄せあったはずなのに、失ってしまった
互いに詩を吟じ、歌を唱和したあなたはいない
いつまでも違いを思い、添い遂げたいと願った
しかし今は長相思と長相守と名付けられた琴と笛だけが残された
愛の喜びを感じ、誓いあった
互いに忘れまい、背くまいと願った
しかし運命には抗えなかった
得たものは願ったものではなく、願ったものは得られなかった
運命にあざけられ、もてあそばれただけ
愛も誓いも花びらのように散ってしまった
再会を願い、また再び会って優しい愛に包まれることを願った
けれど向かい風はその希望を折ってしまった
鳳凰は連れ立ってその羽音を高く響かせてとびたった
2人の愛は今は遠くにさり、あとかたもない
あおぎりに秋の雨が降り注ぐ。
さらさらとなる葉の音は我が心のざわめき
風のなすがままに揺れる葉の如く私の心は沈む




