> ※この歌を、私は戊戌の変法(百日維新・1898年)に立ち上がった青年たちに重ねて聴いています。「名を残そうと立ち上がり、乱世にただ無名のまま消えた少年たち」——その挽歌として(→記事末で「[清朝はなぜ滅んだのか(補論)]」の改革圧殺の話に接続)。同じドラマの「[論語「邦有道則仕」]」「[曹植と楊修(金石の功)]」とも対です。
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「少年志」とは
『三国機密之潜龍在淵(Secret of Three Kingdoms)』の主題歌・エンディング曲です(作詞 鄭乃俞、作曲 陳雪燃、歌 王嘯坤)。
中国語の「少年志」とは、青年期の願望・野心・理想を指す言葉です。自分の進むべき目標や方向であるだけでなく、社会や国に対する責任感・使命感をも表します。ですからこの曲は、若き皇帝である主人公——劇中で漢の献帝として生きる劉平(りゅうへい)——の、目標・責任感・使命感を歌ったもの、と受け取るのが良いと思います(副題「潜龍在淵」の「龍」は、淵にひそむこの主人公を指します)。
劉協/劉平の「少年志」
献帝・劉協は9歳で宮廷に入り、長安では董卓と、そして有力な大臣たちとの権力闘争を切り抜けました。大変な思いをして洛陽へ移り、さらに許昌へ移されて、傀儡(かいらい)皇帝でありながら、曹操との権力闘争の渦中で奮闘します。やがて皇后を失う悲劇——「皇帝が顔を覆い、彼女を救えなかった」——にも見舞われます。それでも、世を平らかにするという彼の志は、揺るがなかった。 その不屈の決意を歌ったのが、この「少年志」です。
歌の構成——「乱世の情景」と「劉平の決意」
歌は大きく二つの部分でできています。前半は、三国の混沌とした情景と興亡を歌い、英雄への憧れと、その時代を生きた人々の信念と葛藤を描きます。後漢末、四方八方に若き才能が一度に立ち上がった——けれど彼らの名は残らず、荒れた世は百年続いた。後半は、それでもなお理想と野望を捨てない主人公の決意。「夜の闇はすでに消え、空にわずかな光が見えている」——世を平らかにするという信念は、揺るがない。
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【前半】乱世の情景——名も残らず消えた者たちへ
> 煮酒的火还尚温 多情空余恨
> 夜话的灯还撩人 长梦遇游魂
> 欲盖弥彰他乡月光 荒凉某个眼眶
> 现世彷徨阵阵风凉 沉沦了多少个星霜
> 少年之志欲留青史 乱世百年剩无名氏
> 唯有余年祭天下事 悲歌唱山河
> 旧城的门还在等出征未归人
> 喧闹的人已见证下世皆安稳
> 江山如常别来无恙 暗藏故人思量
意訳:
酒を温めた火は、まだほのかに温かい。情の深さは、ただ悔いだけを残していく。
夜語りの灯は今も人の心をかき立て、長い夢の中で、さまよう魂に出会う。
隠そうとしても、かえって際立ってしまう異郷の月明かり。どこか荒涼とした、潤んだ瞳。
この世をさまよえば、つめたい風が幾度も吹き、いったいどれほどの星霜(としつき)が、沈んでいったことか。
少年の志は、青史(歴史)に名を刻むこと。なれど百年の乱世に、残ったのは無名の者ばかり。
ただ残りの歳月を、天下のために手向けて、悲しみの歌で山河をうたう。
旧き城の門は、いまも出征して還らぬ人を待っている。
にぎわう人々は、もう次の世が安らかであるのを見届けた、という。
山河は変わらずそこにあり——「別れてからも、息災でしたか」と。その奥に、亡き友への想いが、そっと隠されている。
[ピンイン]
zhǔ jiǔ de huǒ hái shàng wēn / duō qíng kòng yú hèn
yè huà de dēng hái liáo rén / cháng mèng yù yóu hún
yù gài mí zhāng tā xiāng yuè guāng / huāng liáng mǒu gè yǎn kuàng
xiàn shì páng huáng zhèn zhèn fēng liáng / chén lún le duō shǎo gè xīng shuāng
shào nián zhī zhì yù liú qīng shǐ / luàn shì bǎi nián shèng wú míng shì
wéi yǒu yú nián jì tiān xià shì / bēi gē chàng shān hé
jiù chéng de mén hái zài děng chū zhēng wèi guī rén
xuān nào de rén yǐ jiàn zhèng xià shì jiē ān wěn
jiāng shān rú cháng bié lái wú yàng / àn cáng gù rén sī liáng
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【後半】劉平の決意——揺るがぬ少年の志
> 暗夜已去微露天光 照亮了多少个风霜
> 少年之志欲留青史 乱世百年剩无名氏
> 唯有余年祭天下事 悲歌唱山河
> 少年之志不渝终始 乱世百年不畏剑指
> 但闻余年再无狼烟 新月照人间
> 少年之志不渝终始 乱世百年皆如赤子
> 但使余年了清平愿 风落归人间
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意訳:
暗い夜は去り、空にかすかな曙光がさす。その光が、どれほどの風霜(くるしみの年月)を照らし出したことか。
少年の志は、青史に名を刻むこと——なれど百年の乱世に、残ったのは無名の者ばかり。
ただ残りの歳月を、天下のために手向けて、悲しみの歌で山河をうたう。
少年の志は、初めから終わりまで、変わらない。百年の乱世にあっても、突きつけられた剣を恐れない。
ただ願わくは、残りの年に、もう戦火(狼煙)が上がらぬことを。新月が、人の世を照らす。
少年の志は、初めから終わりまで、変わらない。百年の乱世にあって、人は皆、生まれたての赤子のように(無垢に)翻弄される。
それでも、ただ、残りの歳月で「清平(太平)」の願いだけは遂げさせてほしい。 風が舞い落ち、人の世へと還っていく。
[ピンイン]
àn yè yǐ qù wēi lù tiān guāng / zhào liàng le duō shǎo gè fēng shuāng
shào nián zhī zhì yù liú qīng shǐ / luàn shì bǎi nián shèng wú míng shì
wéi yǒu yú nián jì tiān xià shì / bēi gē chàng shān hé
shào nián zhī zhì bù yú zhōng shǐ / luàn shì bǎi nián bù wèi jiàn zhǐ
dàn wén yú nián zài wú láng yān / xīn yuè zhào rén jiān
shào nián zhī zhì bù yú zhōng shǐ / luàn shì bǎi nián jiē rú chì zǐ
dàn shǐ yú nián le qīng píng yuàn / fēng luò guī rén jiān
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私の見立て——これは、戊戌の少年たちの歌でもある
この歌を聴くたび、私は三国の英雄ではなく、その1700年後の、ある青年たちを思い浮かべます。戊戌の変法(百日維新・1898年)に立ち上がった、若き改革者たちです。
光緒帝のもとに集った康有為、梁啓超、そして譚嗣同(たんしどう)ら。彼らは、3000年続いた古い体制を、わずか百日あまりで作り変えようとしました。沈みゆく清を、自分たちの手で救おうと。けれど西太后のクーデター(戊戌の政変)で、改革はあっけなく圧殺される。「少年之志欲留青史、乱世百年剩无名氏」——歴史に名を残そうと立ち上がり、乱世にただ消えていく。この歌詞は、まるで彼らのためにあるようです。
なかでも譚嗣同は、逃げられたのに、逃げなかった。「各国の変法は、流血なくして成ったためしがない。中国でまだ変法に血を流した者がいないというなら、それは嗣同より始めよう」——そう言い残して、刑場に立ちました。「乱世百年不畏剑指(百年の乱世に、突きつけられた剣を恐れない)」を、文字どおり生きた人です。
そして、ここに、このシリーズを貫くもう一つの糸が重なります。少年たちが願った「留青史(青史に名を残す)」とは、曹植の「建永世之業,流金石之功(金石に功を刻む)」と、まったく同じ願いでした(→「[曹植と楊修]」)。名を残したい——その切実な願いの、なんと多くが、無名のまま消えたことか。
曹植は、捨てた詩で皮肉にも名を残した。譚嗣同は、名を残すことではなく、血を流すことを選んで、結果として名を残した。けれど彼らの後ろには、名さえ伝わらない無数の「無名氏」が、確かにいたのです。
それでも——この歌が美しいのは、敗北を歌いながら、決して絶望していないことです。「但使余年了清平愿、风落归人间(ただ残りの歳月で、太平の願いだけは遂げさせてほしい。風は舞い落ちて、人の世へ還っていく)」。名は残らなくていい。剣は恐れない。ただ、世が平らかであってほしい——。譚嗣同たちが流した血は、13年後の辛亥革命へと、そして長い「乱世百年」の果てへと、確かに流れていきました(その大きな流れは「[清朝はなぜ滅んだのか(補論)]」へ)。
よろこんで蟹になる長い行列から、自らの足で降り、剣の前に立った少年たち(→「[万葉集「蟹の歌」]」)。その志は、青史に名を残せたかどうかではなく、初めから終わりまで変わらなかったことにこそ、宿っているのだと思います。少年之志、不渝終始——。
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◀ 同じドラマ:[論語「邦有道則仕」(三国機密)] | [曹植と楊修(金石の功=留青史)]
◀ 改革の圧殺(縦糸①):[清朝はなぜ滅んだのか(補論)] | [商鞅の変法]
◀ 関連:[万葉集「蟹の歌」(行列から降りた者)]
◀ シリーズ一覧:清朝末期シリーズ 完全ガイドへ
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