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67歳の歯科医師が、自分の奥歯を抜くことになった話

私は67歳の歯科医師です。

その私が、小学生のときに虫歯にした2本の奥歯を、67歳になった今も治療し続けています。そして、そのうち1本を抜くことになりました。

歯科医師なのに、と思われるかもしれません。けれども、半世紀以上にわたる自分の歯の治療歴を振り返ると、患者さんにいちばん伝えたいことが、かえってはっきり見えてきました。

歯は、一度削ったら元の天然歯には戻らない。

だからこそ、治療よりも前に「虫歯にしないこと」が大切なのです。この記事では、私自身の2本の奥歯の話を通して、そのことを考えてみたいと思います。

小学生の頃に虫歯にした、左右の第二大臼歯

小学生の頃、私は左右の第二大臼歯(いちばん奥から2番目の奥歯)を虫歯にしてしまいました。

右の歯は、中学生の頃に神経を抜く根管治療をして、被せ物をしました。左の歯には、詰め物(インレー)を入れました。

当時は、自分が将来歯科医師になるとは思ってもいませんでした。けれどもこの2本は、その後の私の人生で、長い治療の歴史を背負うことになります。

右の奥歯は、なぜ抜歯になったのか

右の第二大臼歯は、被せ物をしてから何十年も使ってきました。

ところが1年ほど前から歯茎が腫れ、膿が出ることもありました。歯周ポケットは浅く、典型的な歯周病とは考えにくい状態です。

そこでCTで詳しく調べたところ、歯に亀裂が見つかりました。保存は難しく、抜歯することになりました。

「神経を抜いたから歯が死んだ」わけではない

根管治療をした歯について、「神経を抜いたから歯が枯れて割れた」と単純に考えるのは正確ではありません。神経を抜いた後も、歯は周囲の歯根膜や骨とつながり、そこから血液の供給を受けています。

問題になるのは、次のような積み重ねです。

  • 虫歯そのものによって失われた歯質
  • 根管治療のために、さらに削った歯質
  • 何十年にもわたって受け続けた咬む力

特に奥歯には、毎日大きな力がかかります。歯質を大きく失った歯は、長年使ううちに亀裂や破折が起こりやすくなります。私の右の奥歯も、そうした長い年月の結果だったのだと思います。

若い頃に神経を抜いた歯

もう一つ、歯の内側の話もしておきます。

若い人の歯は歯髄腔(神経の入っている空間)が大きく、内部には豊かな歯髄組織があります。歯髄には象牙質をつくる象牙芽細胞があり、歯髄が生きている歯では、年月とともに二次象牙質が形成され、歯髄腔の形も少しずつ変わっていきます。

根管治療で歯髄を取り除くと、こうした生理的な象牙質の形成は行われなくなります。

若い時期に大きな虫歯になり、根管治療でさらに歯質を失った歯を、その後何十年も使い続ける。これは決して小さな負担ではありません。振り返れば、ここにも「そもそも虫歯にしなければよかった」という問題が見えてきます。

左の奥歯は、もっと複雑な道をたどった

左の第二大臼歯は、さらに複雑な経過をたどりました。

中学生の頃に入れたインレーが、大学3年生のときに外れました。すでに歯科の勉強をしていた私は、自分でインレーを作りました。ところが、また外れる。また作る。それを何度も繰り返しました。

その間、いろいろな金属を試しました。咬んだときの感覚はどう違うのか。調整のしやすさはどうか。自分の口の中で確かめた経験は、後の臨床にも役立ちました。今思えば、貴重な「自分を使った実験」だったと思います。

しかし修復を重ねるうちに、咬み合わせは次第に悪くなっていきました。自分でも、これは難しい症例だと分かっていました。

本当は、アメリカ補綴専門医に治してもらいたかった

自分で試行錯誤しても、インレーは外れてしまいます。そこで、自分の勉強のためにも、アメリカで補綴専門医の資格を取った先生に診てもらいたいと思いました。アメリカでは、歯学部を卒業した後、さらに3年間の専門教育を受けて、初めて補綴専門医になれます。その先生は、そのうえ専門医の認定試験にも合格し、日本の歯科医師免許も持って、東京で開業されていました。

ところが、なかなか予約が取れません。私にも仕事があり、忙しい毎日の中で何度も通院するのは簡単ではありませんでした。結局、きちんとした治療は諦め、自分でセメントを使って補修するような状態が続きました。理想的とは言えません。いつかと思いつつどんどん日は経っていきました。

セメントのままにしていた結果

左の奥歯は、長いあいだセメントだけで補修していました。そのため、詰め物と歯のすき間から細菌が入り込む「リーケージ」が起き、虫歯がさらに進んでしまったようです。

保険診療でセメントを外してもらっている途中、歯髄(神経)に近づいていると自分で分かりました。そこで削るのをやめてもらい、レントゲンを撮ったところ、神経が露出しそうになっていることが分かりました。

ここで私は、神経を取る治療を選ぶことにしました。そして、このまま保険診療で行うことには抵抗があり、マイクロエンドを希望しました。

CTもマイクロスコープも、まだ身近ではない

歯科用CTやマイクロスコープが歯科医院に少しずつ入ってきたのは、ここ10年ほどのことです。今でも、こうした設備を備えた医院は限られています。私が勤務していた歯科医院にも、CTはありませんでした。

「この歯を何とか残したい」と思っても、それに必要な設備と技術を持つ医院を探すこと自体が、簡単ではなかったのです。

マイクロスコープが登場する前や、導入できない医院では、歯科医師たちは頭に拡大鏡をつけて、少しでもよく見ようと努力してきました。限られた保険診療の中で、それぞれが最善を尽くしてきたのです。

私も拡大鏡を使ってきましたが、視野が狭く、非常に疲れます。強い照明を当てるので目への負担も大きく、私は目の手術も受けました。

マイクロスコープを使えば、画面に映して見ることができ、20倍にも拡大できます。患者さんにとってだけでなく、歯科医師にとってもよい方法なのです。

67歳でCTを撮って分かったこと

今回、この左の第二大臼歯をCTで詳しく調べました。すると、樋状根(といじょうこん)、つまりC字型の根管をもつ歯であることが分かりました。

これまでのレントゲン撮影では、歯を二次元の平面でしか見ることができませんでした。CTなら歯を輪切りにした画像で見られるので、三次元的にとらえることができます。そのため、普通のレントゲン撮影よりも、ずっと細かいことまで分かるのです。

樋状根は、根の一部の歯質がとても薄くなっています。そのため根管治療の際に、歯の根に穴をあけてしまう「穿孔(せんこう)」が起こりやすい歯です。肉眼だけで治療すると穿孔してしまう危険が高く、マイクロスコープを使わなければ失敗しやすい形態なのです。

 

私は歯科医師なので、マイクロスコープを使った精密な根管治療、いわゆる「マイクロエンド」という選択肢があることを知っています。けれども、マイクロエンドは一般の方にはまだあまり知られていません。知っているかどうかで、選べる道が変わることもあるのです。

ただし、高度な治療を受ければ100%残せるわけでもありません。「お金をかければ必ず助かる」というものではない。そこが歯科治療の難しいところです。

それでも私は、この左の奥歯をマイクロエンドで治療することにしました。

歯科治療には「限界」と「費用」がある

私は長く外来診療に携わってきました。保険診療では、限られた診療報酬と時間の中で治療を行います。

根管治療は本来、とても時間と手間のかかる治療です。けれども、すべての患者さんにマイクロスコープを使って十分な時間をかけることは、今の保険診療の仕組みでは簡単ではありません。より精密な治療を望めば自費診療になり、当然費用がかかります。

それでも歯を残せなければ抜歯です。その後インプラントを選べば、さらに費用がかかります。

歯科医院の側にも、設備をそろえる難しさがある

歯科用CTやマイクロスコープは高額な機器で、導入するには相応の資金力が必要です。導入できずにあきらめる医院もあり、中には閉院するところもあります。

一方で、お金をかけて設備をそろえても、マイクロエンドのような治療は一般にはまだあまり知られていません。そのため、治療の中身が伝わらないまま「高い」という評判だけが先に立ってしまうこともあります。

そして、お金をかけて精密な治療をしても、うまくいくとは限りません。歯科医師である私にはよく分かりますが、治療の予後を保証できないことも、この仕事のつらいところです。

歯科医師という仕事は、大きな投資をしても見返りが得にくい、ハイリスク・ローリターンな仕事になっている。私はそう感じています。

誰もが「歯を残すためのお金」を払えるわけではない

高度な治療には費用が必要です。しかし、誰もがそれを負担できるわけではありません。

かといって、あらゆる高度な治療を保険でまかなえばいい、という単純な話でもありません。医療財政には限りがあります。

だからこそ、「どう治療するか」だけでなく、「そもそも治療が必要な状態にならないためにはどうするか」という視点が大切だと私は考えています。

虫歯は「早期発見・早期治療」だけでいいのか

多くの病気では、早期発見・早期治療が重要です。けれども虫歯には、少し違う面があります。

虫歯を治療するには、悪くなった部分を削り取ります。削った歯質は再生しません。ですから「早く見つけて早く削る」ことを目標にするのではなく、まず「虫歯を作らない」ことが大切なのです。

もちろん、初期の虫歯をすべて削るべきだという意味ではありません。病変の状態によっては、フッ化物の利用、歯みがきによるプラークコントロール、食生活の見直しなどで、削らずに経過を見ながら管理できる場合もあります。学校の歯科健診で「虫歯」と言われた場合も、治療が必要な段階なのか、削らずに管理できる段階なのかを、きちんと見極めることが大切です。

歯科では「削ること」と「補うこと」が一続き

医療では、病気の組織を取り除くことと、失われた部分を再建することを、別々の段階として考えることがあります。たとえば乳がんでは、まず病変を切除し、その後必要に応じて乳房再建を行うことがあります。

ところが歯科では、この二つが一続きになっています。

  • 虫歯を削ったら、詰め物をする
  • 大きく失えば、クラウンを被せる
  • 歯そのものを失えば、ブリッジ・入れ歯・インプラントで補う

どれも必要な治療です。けれども、詰め物をしてもクラウンを被せても、インプラントを入れても、天然の歯が再生したわけではありません。人工物によって、失われた機能を補っているのです。

インプラントは確かに優れた治療です。けれども、天然歯の代わりにはなりません。

私は高齢者歯科にも携わっていますが、「この方はインプラントを入れなければよかったのではないか」と思う症例も見てきました。インプラントは、歯が生えてくるわけではありません。人工物を骨に埋め込む治療です。

インプラントは骨に直接埋め込まれているため、ほかの歯が抜けても、それだけは残ります。ある方は、ほかの歯がすべて抜け落ち、インプラントの金属の棒だけが口の中にニョキッと突き出た状態になっていました。そのため、くちびるに穴があいてしまったのです。

誤嚥のおそれがある方だったので、上にカバーをかぶせることもできません。ご高齢のため、骨を削ってインプラントを取り除くこともできません。棒はチタン製で硬く、削って平らにしてあげることもできませんでした。

優れた治療だと思って選んだものが、思いもかけない副作用のような問題を、新たに生み出してしまうこともあるのです。

「治療した」といっても、「治った」わけではないのです。

67歳の歯科医師として思うこと――予防は治療にまさる

私は歯科医師として、多くの患者さんの歯を治療してきました。根管治療で歯を残し、クラウンを作り、抜歯の後には入れ歯やブリッジ、インプラントで機能を回復してきました。昔なら抜くしかなかった歯を、今では残せることもあります。歯科医療は、失われた機能を取り戻すために大きな役割を果たしています。

それでも、自分の歯を振り返ると、はっきり分かることがひとつあります。

治療は、元の健康な歯を再生させることではありません。

右の奥歯は、中学生で神経を抜いてから何十年も使い、最後に亀裂が入りました。左の奥歯は、インレーが外れるたびに作り直し、修復を重ねた末に、とても難しい根管の形をしていることが分かりました。小学生のときに虫歯にしなければ、そもそもこの長い治療の歴史は始まらなかったのです。

これは、私が歯科医師だから特別に起きたことではありません。むしろ歯科医師である私自身が経験したからこそ、患者さんに伝えたいのです。

削った歯は、削ったままです。失った歯質は人工物で補えても、元の天然歯には戻りません。

予防は治療にまさる。

67歳になった今、私が自分自身の歯から学んだ、いちばん大きな教訓です。

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