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葛勒可汗(かつろくかがん)─ウイグルを強国にした、冷徹な策略家【麗王別姫】

> ※この記事は「草原の帝国」シリーズの一篇で、「[回鶻(ウイグル)の歴史]」の続きです。回鶻を中央アジアの強国へと押し上げた2代可汗・葛勒可汗を、ドラマ『麗王別姫』の描写と史実の両面から見ていきます。優しいおじさんの仮面の下に、冷徹な戦略家の顔がありました。

ドラマの「優しいおじさん」

ドラマ『麗王別姫』では、ウイグル(回紇)の葛勒可汗(かつろくかがん)——本名磨延啜(まえんてつ/モユン・チョル)が、唐にとても友好的で、恋バナにまで付き合う優しいおじさんとして描かれます。実力派俳優が演じる、ダンディで親切な人物像です。

けれど史実の葛勒可汗は、ただの「いい人」ではありませんでした。彼は冷徹な戦略眼を持つ策略家であり、ウイグルを中央アジアの強国へと押し上げた、傑出した指導者だったのです。

史実の葛勒可汗——統治者としての顔

葛勒可汗は、建国者・骨力裴羅の子で、ウイグル可汗国の2代可汗(在位747〜759年)です(→「[回鶻の歴史]」)。その業績は、軍事だけにとどまりません。

– ソグド人や漢人を住まわせ、交易の拠点となる城塞都市バイ・バリク(Bay Balik=「富の街」)を建設した。
– 壮麗な宮殿を築き、文化的な統治者として君臨した。
– 安史の乱では唐の要請に応じて連合し、反乱の鎮圧に貢献した。

略奪する遊牧民ではなく、都市を築き、交易で富を集める遊牧の王。この姿は、回鶻という国の本質(→「[回鶻の歴史]」)を、そのまま体現しています。

ドラマの脚色——ロマンスという「配慮」

一方、ドラマには次のような脚色が加えられています。

たとえば、安慶緒との恋に敗れた寧国公主を、葛勒可汗が優しく迎えて皇后にする、という筋。けれど史実には、公主と安慶緒のロマンスはありません。

これはおそらく、中国側が卑屈に見えないための配慮でしょう。

史実では、唐は皇帝の娘(寧国公主)を嫁がせ、貢ぎ物を渡すという条件で、ウイグルの協力を得たのです(758年、公主は可汗の可敦=皇后となりました)。

立場は対等か、むしろウイグルが上だったかもしれない。それを「恋に破れた公主を優しく迎える紳士」と描くことで、この政治的な結婚を、ロマンチックに仕立て直しているのです。

葛勒可汗が恐れていたもの——東突厥の残党

史実の葛勒可汗には、常に頭を離れない脅威がありました。東突厥の残党です。

ウイグルはもともと突厥の支配下にあり、独立を勝ち取ったばかり。葛勒可汗自身の即位も、血なまぐさいものだったと伝わります

(彼は、対立する勢力に推された兄を斃して可汗位に就いた、とされます)。足元はまだ、盤石ではなかったのです。

安禄山という脅威と、冷徹な一手

ここで、あの安禄山が関わってきます。安史の乱を起こした安禄山は、ソグド人と突厥の混血でした。

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そして彼の周囲には、ウイグルに敵対しうる勢力が集まっていた——ソグドの地に近く安禄山と親しいカルルク(葛邏祿)、突厥系の契丹など。

彼らは安禄山の軍にも加わっていました。さらに安禄山は、ウイグルに近い唐の辺境で複数の節度使を兼ね、独自の大軍を握っていた。

いつ突厥残党と結んでウイグルに牙を剥くか分からない——葛勒可汗は、そう警戒していたのでしょう。

そこで彼は、この脅威を逆手に取ります。唐と連合して、安禄山を東西から挟み撃ちにする。

唐にとってもカルルクは因縁の相手でした。かつてカルルクは、タラス河畔の戦い(751年)で唐を土壇場で裏切り、唐がアッバース朝に大敗する一因をつくっていたからです。利害は、見事に一致しました。

私の見立て——「助ける」という名の、勢力拡大

葛勒可汗の計算は、的中しました。唐は安史の乱を鎮められましたが、その代償は大きかった。とはいえ、ここは正確に

> 史実の整理 安史の乱の後、唐が失った西域(タリム盆地など)の大部分を奪ったのは、ウイグルではなく、吐蕃(チベット)でした。

ウイグルが実際に手にしたのは、唐との関係における圧倒的な優位と、絹馬交易の莫大な利益(唐は毎年、大量の絹をウイグルの馬の代価として支払い続けました)、そして草原の覇権です。

のちにウイグルは、西域の一部をめぐって吐蕃と争うようにもなります。

つまり葛勒可汗は、「唐を助ける」という大義で参戦しながら、実際には自国の利益を最大化したのです。

脅威(安禄山・突厥残党)を口実に唐と結び、戦後は交易の巨利と草原の覇権を握る。これは、このシリーズで追ってきたrealist の知性そのものです。

秦の[尉繚]、遼の[蕭燕燕](→「[蕭燕燕の大博打]」)——勝てる計算の上でしか動かない、冷徹な戦略家たち。葛勒可汗は、その草原版でした。

まとめ——優しいおじさんの、本当の顔

葛勒可汗は、決して単純な「親唐派」ではありませんでした。東突厥残党という脅威を見抜き、唐との連合で安禄山勢力を挟撃し、結果として交易の富と草原の覇権を握った。

複雑な国際情勢を冷静に分析し、自国の利益を最大化する——まれに見る策略家だったのです。

ドラマでは優しいおじさんでも、史実の葛勒可汗は、ウイグルを中央アジアの強国へと押し上げた、冷徹で優れた戦略家でした。その手腕こそが、回鶻の繁栄をもたらしたのです。

◀ 草原の帝国シリーズ:[回鶻(ウイグル)の歴史] | [可敦城の興亡(遼へ続く都)]
◀ テーマでつながる:[尉繚(計算で勝つ策略家)] | [蕭燕燕の大博打(realistの外交)]
◀ 遼(契丹)シリーズへ:[遼で読む征服王朝(入門・ハブ)]

 

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