中国の歴史ドラマ「大宋宮詞」では、主人公・趙禎と曹汝の切ない恋物語に、古代の名詩「越人歌」が効果的に用いられています。
物語の背景
許婚の郭清悟がいるにもかかわらず、趙禎は曹汝との逢瀬を重ねます。養母である劉娥はこの関係を憂慮しますが、若き趙禎の恋心は抑えられません。二人のデートシーンに流れるこの曲は、単なるBGMではなく、深い意味を持っています。
趙禎が曹汝を「越人の娘」になぞらえ、越人歌の物語の王子のように、絹織物を肩に掛けて求婚する意志を暗示しているのです。
越人歌の物語
『説苑』『苑元』によれば、この歌は春秋時代に生まれました。楚の王子・子禹が船旅をしていた際、越の船頭が敬意を込めてこの歌を歌いました。船頭の真摯な心に打たれた子禹は、彼女を丁重にもてなしたと伝えられています。
この物語の核心は、貴族と船頭という階級差、楚人と越人という民族の違いを超えた、純粋な心の交流にあります。
越人歌 全文と解釈
jīn xī hé xī xī
今 夕 何 夕 兮
今宵はなんと美しき夕べか
jiǎn zhōu zhōng liú
藆 洲 中 流
舟は悠々と大河を下らん
jīn rì hé rì xī
今 日 何 日 兮
今日はなんと得がたき幸運か
dé yǔ wáng zǐ tóng zhōu
得 与 王 子 同 舟
王子と舟を共にするとは
méng xiū bèi hǎo xī
蒙 羞 被 好 兮
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分け隔てなき王子の優しさに
※「被好」の読みについては、学者の間で「被hào」(寵愛を受ける)と「被hǎo」(親切を受ける)の両説があり、議論が続いています。
bú shì gòu chǐ
不 誓 诟 耻
ただ戸惑うばかり
xīn jǐ fán ér bù jué xī
心 几 烦 而 不 绝 兮
胸の鼓動が高まってゆく
dé zhī wáng zǐ
得 知 王 子
王子と出会ってしまったから
shān yǒu mù xī mù yǒu zhī
山 有 木 兮 木 有 枝
山野に木が生え、木に枝が茂るように
xīn yuè jūn xī jūn bù zhī
心 悦 君 兮 君 不 知
恋心が芽生えども、君これを知らず
ドラマにおける象徴性
最後の二句「山有木兮木有枝 心悦君兮君不知」は、中国文学史上最も切ない恋の詩句の一つとして知られています。「自然の摂理のように確かな私の想いを、あなたは知らない」という片思いの心情が、趙禎と曹汝の関係に重ねられています。
身分違いの恋、周囲の反対、しかし抑えられない純粋な恋心──二千年以上前の越人歌が、宋代を舞台にしたドラマで新たな命を吹き込まれ、現代の視聴者の心を揺さぶります。
古典詩の引用は、単なる装飾ではなく、登場人物の心情を深く表現する演出として、このドラマの芸術性を高めているのです。