> ※この記事は「草原の帝国」シリーズの一篇で、「[長歌行と東突厥の滅亡]」の続き=登場人物のモデル編です。
あちらは史実の出来事を、こちらは「李長歌は実在したのか」を見ていきます。結論を先に言えば、彼女は架空。けれど、その姿には複数の実在の女性が、層になって溶け込んでいます。
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李長歌は、実在しない——でも
ドラマ『長歌行』のヒロイン・李長歌は、皇太子・李建成の娘・永寧公主として描かれます。玄武門の変で一族を失い、崖から落ちて死を装い、男装して草原をさまよい、復讐を超えて「守護者」へと成長していく——その壮大な物語が、多くの視聴者を魅了しました。
けれど、この李長歌という人物は、歴史上には存在しません。確かに李建成には娘がいましたが、玄武門の変(626年)の時点で、その子はまだ四歳にもならぬ幼児。ドラマの設定とはかけ離れています(建成の実娘という意味では李婉順がいますが、ドラマの活劇とは別物です)。では、このキャラクターは誰をモデルにしたのか。鍵は、二人の唐の公主にありました。
モデル① 衡陽長公主——「14郎」と、突厥への降嫁
最有力とされるのが、唐の高祖・李淵の第十四女・衡陽長公主(こうようちょうこうしゅ)です。
面白い符合があります。ドラマで李長歌が阿詩勒隼に対し、自分を「14郎(十四番目の子)」と名乗る場面がある。これは、衡陽長公主が李淵の第十四子であることと、ぴたり一致するのです。製作陣の、細かな歴史考証が光ります。
そして何より、衡陽長公主は、草原の突厥王族・阿史那社爾(あしなしゃじ)に嫁いだという史実があります。
ドラマの李長歌と阿詩勒隼のロマンスは、この政略結婚を、恋愛として描き直したものと考えられます。もちろん、李淵の娘が男装して草原を駆けた記録はありません。
史実では、阿史那社爾が636年頃に唐へ帰順した褒賞として、衡陽長公主との婚姻が成立しました。
> 阿詩勒隼のモデルも、ここに結びつく 阿詩勒隼は、一人の実在人物ではなく、阿史那思摩・阿史那忠・阿史那社爾という三人の突厥王族を重ねた合成のキャラクターです(詳しくは→「[阿詩勒隼のモデルたち]」)。
なかでも衡陽長公主の実際の夫・阿史那社爾は、その中核。阿史那社爾(604〜655年)は東突厥の王族で、若くして知勇に優れ、一時は西突厥の地の半ばを奪うほどの将才を示し、唐に帰順後は左驍衛大将軍に任じられ、衡陽長公主を娶って駙馬(皇女の婿)となりました。三人に共通するのは、「降伏して唐の皇室と結ばれ、忠臣となった突厥貴族」という実像です。
モデル② 平陽昭公主——唐建国を支えた、伝説の女将軍
そしてもう一人、李長歌の「魂」というべき女性がいます。平陽昭公主(へいようしょうこうしゅ)。
李淵の娘であり、李建成・李世民の妹でもある彼女は、中国史上ただ一人、軍葬(軍隊の礼での葬儀)を受けた女性として、史書に名を刻んでいます。
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乱世に一人立ち、七万の軍を束ねる。 617年、父・李淵が太原で隋に叛旗を翻したとき、平陽昭公主は夫を先に父のもとへ送り出し、自らは単身、李家の荘園へ戻りました。そこでまず行ったのが、財産の売却です。得た資金で被災者を救い、わずかな間に数百の兵を集め、さらに各地の反乱軍を次々と糾合して、三カ月で七万を超える兵力を結集させたのです。
その軍は厳格な規律で知られ、略奪も暴行も一切禁じたため、民衆の絶大な信頼を得ました。人々は彼女を敬って「李夫人」と呼び、その部隊は「娘子軍(じょうしぐん=女性の軍隊)」として歴史に名を残しています(要害の地・娘子関は、彼女にちなむと伝わります)。
女性に軍葬は前例なし——それでも、太鼓は鳴った。 平陽昭公主が亡くなったとき(623年)、李淵は軍の礼をもって盛大に弔うよう命じました。当時の礼法に女性の軍葬の前例はなく、担当官は難色を示します。けれど李淵は、こう言い放ちました。
> 「彼女はみずから兵を率いて戦った。軍楽を鳴らすのは古来からのこと。何が礼に反するというのか」
こうして平陽昭公主は、中国史上唯一、軍葬を受けた女性として、歴史に刻まれたのです。
私の見立て——架空のヒロインに宿る、実在の女たち
男装して民衆のなかに飛び込み、知恵と勇気で人の信頼を勝ち取り、やがて大きな「義」のために戦う——李長歌の生き様は、平陽昭公主の人生と、驚くほど重なります。「14郎」という名は衡陽長公主から、突厥との恋は衡陽×阿史那社爾の婚姻から、そして戦う魂は平陽昭公主から。架空のヒロインは、複数の実在の女性を、一つの身体に宿していたのです。
そして、ここでシリーズの女たちが、つながります。自ら七万を率い、軍葬で送られた平陽昭公主。
遼で西北を平定し「[遼の花木蘭]」と讃えられた女将軍蕭胡輦。
二十万の軍を率いて自ら国境に立った蕭燕燕(→「[澶淵の盟と蕭燕燕の中央集権]」)。
中国史には、「[牝鶏が晨を告げる]」と謗られながらも、戦場で、宮廷で、確かに国を動かした女性たちが、幾人もいました。
ただし、その末路は、明暗が分かれます。平陽昭公主は唯一の軍葬で讃えられ、蕭胡輦は妹に賜死された(→「[蕭胡輦]」)。
同じように戦った女傑でも、勝者の側で記憶されるか、敗者として消されるか——歴史が女性に与える評価の、残酷な非対称が、ここにも見えてきます。
だからこそ、ドラマが架空のヒロインを通して、消えかけた実在の女性たちの記憶を呼び覚ますことには、確かな意味があるのだと、私は思うのです。
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