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『輞川別業』「宮廷女官若曦」最終話に隠された王維の詩―若曦の最期に込められた愛と別れ

「宮廷女官若曦」最終話

14皇子の屋敷で雍正帝の到着を待ちながら若曦が息を引き取るシーンは、王維の詩を引用することで、彼女の複雑な想いを美しく表現しています。

この記事では、若曦の最期に込められた詩的な意味と、なぜ王維の『輞川別業』が選ばれたのかを解説します。

最終話の印象的なシーン

14皇子の屋敷で、若曦は雍正帝(第4皇子)の到着を待ちながら、静かに最期の時を迎えます。

若曦:「外に連れ出して。杏の花は散ったわね?」

14皇子:「だが桃は満開で実に美しい」

このとき若曦は、雍正帝が愛した王維の詩の一節を暗誦します。手には、雍正帝が好きだと言った木蘭の花を握りしめています。

王維の詩『輞川別業』とは

輞川別業について

輞川別業は、唐代の詩人・王維が築いた人里離れた庭園です。晩年、彼はここで「輞川集」と「輞川図」を創作し、自然の風景と詩情、禅の精神を融合させた作品を残しました。

王維は「詩中に画あり、画中に詩あり」と評される詩人で、その作品は視覚的な美しさと深い精神性を兼ね備えています。

『輞川別業』全文の意訳

冬山に一年行かなくなって、秋と冬が過ぎ、夏と春が再び訪れました。

遠くから眺める景色は、特に美しいものではありません。

雨に濡れた草は染まるほど緑、水面に咲く桃の花は燃えるように赤く。

経文を学び、背中を丸めた老人は村で尊敬される長老です。

杖をついて本来の道を登り、木々を観察し、目覚めた魚たちを守ります。

愛と執着は次第に薄れ、禅の静寂に次第に固まっていきます。

若曦が暗誦した詩句の美しさ

原文と日本語訳

雨中草色綠堪染,水上桃花紅欲然

(yǔ zhōng cǎo sè lǜ kān rǎn, shuǐ shàng táo huā hóng yù rán)

「草の緑は染むるに堪え、桃の紅は燃えんと欲す」

詩句の解釈

この二行は、春の雨上がりの爽やかな情景を描いた詩です。

  • 雨にうたれる草の色は、あたり一面を緑あざやかに染め
  • 川畔の桃の花は紅あでやかに咲き誇る

雨上がりの草がひときわ鮮やかに緑に染まり、桃の花が水辺に咲き、その赤い色が炎のように鮮やかである様子を表現しています。

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詩的技巧―色彩と動きの対比

この詩句の美しさは、緑と赤の色のコントラストと、動きのある表現(「染める」「燃える」)を通して、春の生命力を鮮やかに表現している点にあります。

静と動の融合

  • 雨に濡れた草:比較的静止しているものの、「染めるほどの緑」は、草が絶えず成長し、青々と茂っていくという動的な傾向を示唆しています。
  • 水面に咲く桃の花:静止しているものの、「燃え上がるような赤」は、まるで花が今にも燃え上がりそうなほどの躍動感を喚起します。

同時に、降り注ぐ春の雨や水面に広がる波紋といった動的な要素が、緑の草や桃の花といった静的な要素と対照をなすことで、画面全体に生命力を与え、生き生きとした躍動感を醸し出しています。

若曦の最期に込められた意味

「杏の花は散ったわね?」「だが桃は満開で」

若曦と14皇子の会話には、深い象徴性が込められています。

  • 杏の花:若曦と雍正帝の過去の思い出、散ってしまった幸せな時間
  • 桃の花:今なお燃えるような若曦の想い、生命の最後の輝き

14皇子が「だが桃は満開で実に美しい」と答えるのは、若曦の生命がまだ輝いていること、そして彼女の愛が今も鮮やかであることを示しています。

王維の詩を暗誦する意味

若曦が雍正帝の愛した王維の詩を暗誦するのは、以下の意味を持ちます:

  1. 雍正帝への愛の表現:彼が好きだったものを最期まで覚えていたこと
  2. 二人の思い出の共有:詩という形で、二人だけの世界を再現すること
  3. 禅的な悟り:詩の最後の「愛と執着は次第に薄れ、禅の静寂に次第に固まっていきます」という境地への到達

木蘭の花を握りしめる若曦

手に握りしめた木蘭の花は、雍正帝が好きだと言った花です。これは若曦の最期の瞬間まで、彼への愛が消えなかったことを象徴しています。

まとめ―詩が昇華させる愛と別れ

「宮廷女官若曦」の最終話は、王維の詩を効果的に使うことで、若曦の複雑な感情を美しく表現しています。

  • 桃の花の赤は、若曦の燃えるような愛
  • 雨上がりの緑は、生命の儚さと美しさ
  • 詩の暗誦は、雍正帝との心の対話

中国ドラマの魅力の一つは、このように古典詩を効果的に使い、登場人物の内面を深く表現する点にあります。

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