※本サイトは、アフィリエイト広告を利用し収益を得て運営しています

安慶緒——父を殺した、漢化したソグドの息子【麗王別姫】

> ※この記事は「[安史の乱]」から切り出した、安禄山の子・安慶緒(あんけいしょ)の単独編です。ドラマ『麗王別姫』で人気の彼を、史実から読み直します。父殺し、凄惨な籠城、史思明の裏切り——史実の彼は、ドラマよりもっと劇的で、もっと孤独でした。

ドラマの安慶緒

安慶緒(?〜759年)は、ドラマ『麗王別姫』で、俳優マオ・ズージュンが演じ、人気を集めました。端正な顔立ちの、陰のある青年。ヒロイン・沈珍珠(しんちんじゅ)への一途な想いに生きる男として描かれます。けれど、史実の安慶緒は、ドラマとはかなり違っていました。

史実①——本名は仁執、純粋なソグド人

安慶緒は、両親ともソグドの血を引く人物でした。父・安禄山は安国(ブハラ)、母・康夫人は康国(サマルカンド)の出。「安」も「康」も、故郷の名を一字にしたソグド人の姓です(→「[ソグド人]」)。だから容貌も、ドラマの東アジア系の顔立ちとは異なり、鼻が高く彫りの深い、イラン系の風貌だったと考えられます。

> 名前のこと 安慶緒のもとの名は「仁執(じんしつ)」でした。のちに玄宗皇帝が「慶緒」の名を賜ったのです。安禄山の家は早くから唐の宮廷に深く食い込んでいたので、子は漢風の名で育てられていた——ここにも、漢化の早さがうかがえます。

安慶緒は、安禄山の次男。内向的な性格でしたが、馬術と弓術に秀でた、一流の武人でした。父・安禄山は、この子を深く愛し、その軍事的才能を高く買っていたと伝わります。

> 私の見立て——漢化した、無口なソグド人 商才と「甘い言葉」の民であるはずのソグド人でありながら、安慶緒は口下手だったと伝わります(訥於言)。

幼くから漢の環境で育ち、漢化していたためかもしれません。

蜜の口を願われて生まれるソグド人(→「[ソグド人]」)の中に、漢化して言葉少なになった息子がいた——生まれの西も、育ちの東も、どちらにも根を張りきれなかった人だったのかもしれません。

史実②——父殺し(757年)

755年12月、安史の乱が勃発。翌756年正月、安禄山は洛陽で「大燕」皇帝を称し、安慶緒は晋王に立てられます。

けれど、安禄山の晩年は荒れていました。消渇(しょうかつ=糖尿病)で視力をほとんど失い、疽(そ=壊疽)を病んで、人格は極度に暴虐化し、側近を理由なく殺すようになっていた。誰もが、その怒りに怯えていたのです。

そして757年正月。安慶緒は、父の腹心だった中書侍郎・厳荘(げんそう)と、安禄山の側近宦官李猪児(りちょじ)と共謀し、父・安禄山を殺害しました。安慶緒は帝位を継ぎ、年号を「載初(さいしょ)」と改めます。

> 安禄山殺しは、単なる権力欲ではなかった、とも言われます。病で暴君と化した父に怯えた側近たちが、安慶緒に「殺してほしい」と頼んだ——そういう側面もあったようです。けれど、いずれにせよ、父を手にかけたという事実は、彼の生涯に、消えない影を落としました。

史実③——鄴城の地獄と、史思明の裏切り

帝位に就いた安慶緒の統治は、長く続きませんでした。政務を放り出し、宴に明け暮れるうち、政権はみるみる衰える。やがて彼は洛陽を捨て、鄴城(ぎょうじょう=相州・現在の安陽あたり)へ追い詰められます。

758年10月から759年2月まで、安慶緒は唐の大軍(九つの節度使、号して六十万)に鄴城を包囲されました。城内の地獄は、史書の記述が生々しい。人が人を殺して食らい、米一斗が七万銭、鼠一匹が数千銭。崩れた壁から拾った麦の殻や、馬の糞を洗って食べたといいます。

広告

打つ手なく困り果てたところへ、父の旧将・史思明(ししめい)が軍を率いて救援に現れ、唐軍を撃退しました。安慶緒は、唐軍が残した食料六〜七万石をかき集め、城門を閉ざして史思明に対抗しようとします。助けに来た相手すら、もう信じられなかったのです。けれど、それは将たちに反対されました。

そして759年、史思明は安慶緒を呼び出します。安慶緒は、やむなく城を出て、二度拝んで膝をつき、降伏しました。けれど史思明は、安慶緒と、四人の弟たち、そして腹心の部下たちを、まとめて処刑した。史思明はその軍を引き継ぎ、自ら「大燕皇帝」を名乗ります。——父を殺した者が、父の部下に殺される。権力の食卓の冷たい因果が、ここにもありました。

安慶緒という人——慕われた、不遇の皇帝

史実の安慶緒を整理すると、その姿は、ドラマの「悪役の息子」よりも、ずっと複雑です。

軍人としては、馬術・弓術に秀でた優れた武人だった。けれど、政治家としては、複雑な権力闘争に対応する力がなかった。

それでも——最期まで、四人の弟たちが、彼に従っていた。一緒に処刑されたほどに。これは、見落とせない一点です。

彼を近くで知る者たちには、最後までついていくだけの、慕うべき何かがあったのでしょう。

だからこそ後世、中国には、彼ら反乱の首領を祀る祠(ほこら)が残りました——河北の人々が、安禄山・安慶緒・史思明・史朝義を「[四聖]」として崇めた、あの信仰です。

中央の正史では「逆賊の息子」でも、河北では、彼もまた英雄の一人だったのです。

 

私の見立て——女っ気のない、寂しい男に、ドラマは恋をあげた

史実の安慶緒には、妻も子も、記録に残っていません。あれだけの立場にいながら、女性の影がまったく見えない。そこが、なんだか寂しい。——

だからこそ、ドラマ『麗王別姫』の作者は、彼に沈珍珠という、ただ一人の女性への一途な恋を贈ったのだと思います。可愛い皇女たちから慕われても見向きもせず、ただ一人の美女を思い続ける男に、仕立ててあげた。史実の空白に、想像で温もりを注いだのです(沈珍珠の実像は→「[沈珍珠]」)。

それは史実ではないけれど、記録に名さえ残らなかった彼の孤独に、後世がそっと手向けた花のようにも、私には見えます。

私の見立て——融合と摩擦の、スペクトラム

漢化して口下手になった安慶緒の姿は、このシリーズで見てきた人々と、同じ線の上にあります。唐に降って忠臣となった突厥王族[阿史那忠(阿詩勒隼のモデル)]、漢人から契丹皇族になった遼の[韓徳譲]——みな「草原と中華のはざまで、溶け合い、引き裂かれた人々」でした。

阿史那忠は「草原→中華」へ進んで栄え、韓徳譲は「漢→草原」へ越えて栄え、そして安慶緒は——ソグドに生まれ、漢に育ち、どちらにも根を張りきれぬまま、父を殺し、殺された。

漢か胡か——その境界は、人の生き方の中では、いつも私たちが思うより、ずっと溶け合い、ずっと残酷でした(→「[征服王朝とは何か]」)。

ドラマが安慶緒に与えた「一途な恋人」の顔の下に、史実は、もっと孤独な、二つの世界のはざまの息子を、そっと隠していたのです。

◀ 麗王別姫クラスタ:[沈珍珠(ヒロインの実像)] | [葛勒可汗(同じ麗王別姫)]
◀ 草原の帝国シリーズ:[安史の乱(父・安禄山と乱)] | [ソグド人] | [阿詩勒隼のモデル(阿史那忠)]
◀ テーマでつながる:[韓徳譲(漢→契丹皇族・融合の鏡)] | [征服王朝とは何か]
◀ シリーズ一覧:清朝末期シリーズ 完全ガイドへ

 

¥220 (2026/02/07 18:49時点 | Amazon調べ)
¥220 (2026/02/07 18:50時点 | Amazon調べ)

広告

中国ドラマ

広告