事件の概要
当時、斉と楚は同盟を結んで秦に対抗していました。
公孫衍は楚への出兵を主張していましたが、この状況で戦争になるのは秦にとって不利だと考えた張儀は
斉と楚の同盟をこわすべく楚にむかいました。
張儀は楚の懐王が領土欲に駆られている心理を利用し、「楚が斉と断交すれば、秦は商於の地六百里を献上する」という餌を提示しました。
楚の懐王はこの約束を軽信し、直ちに斉との断交を実行。
最終的に楚の戦略的敗北を招きました。
これは張儀の利益で敵対同盟を誘惑し瓦解させる有名な例です
張儀の甘い誘惑:商・於の地六百里の約束
張儀は楚の懐王に対し、口頭でこう持ちかけました:
「商・於の地六百里四方(商于六百里 shāng yú liù bǎi lǐ)を割譲するから、
斉との同盟を破棄してほしい」
商・於の地は、秦の国都咸陽を守る武関に隣接した軍事上の重要拠点でした。
六百里といえば、現在の距離に換算すると約300〜600キロメートルという広大な領土です。
懐王は、この魅力的な提案に心を奪われました。
強国である斉との同盟を捨ててでも手に入れる価値があると判断し、
すぐに斉との同盟を破棄したのです。
聞き間違えでしょ:六百里が六里に
楚からの使者が秦にきました。
しかし張儀は秦に戻ると重病を装い、時間を引き延ばします。
斉と楚の断交が確実になると、彼は「当初約束したのは六百里ではなく六里であった」と言い換え、
楚王が聞き間違えたといいました。
「私には奉邑六里があります(臣有奉邑六里 chén yǒu fèng yì liù lǐ)。
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それを大王に献上したいのです」といいましたと。
六百里ではなく、わずか六里。
その差は実に100分の1という、とてつもない詐欺でした。
口約束方言が生んだ悲劇
なぜこのような騙し討ちが成功したのでしょうか。
その鍵は、当時の中国各地に存在していた方言の違いにありました。
張儀が最初に口頭で伝えたのは:
- 臣有奉邑六里 (chén yǒu fèng yì liù lǐ)(チェンヨウフォンイーリョウリ)「私には六里の領地があります」
ところが、これがよくに目が眩んだ楚懐王には
臣有チェンヨウが商於シャンヨウに聞こえてしまったのでしょう
邑六里イーリョウリが六百里リウバイリーに聞こえてしまったのでしょう
楚の怒りと報復、そして更なる敗北
楚懐王は激怒して秦に兵を向けました。
が、怒りに任せた戦争は、冷静な戦略には勝てません。
また斉という同盟国を失ったため、丹陽の戦いで惨敗し、逆に漢中地方を失ってしまいました。
結果合従策の完全な崩壊
張儀のこの一連の策略により:
- 斉と楚の同盟が破綻 – 強国同士の結束を分裂させた
- 楚の軍事力を削減 – 戦争による損失で楚を弱体化
- 楚の領土を奪取 – さらに秦の勢力拡大を実現
- 合従策の根本的破綻 – 反秦連合の基盤を完全に破壊
この一石四鳥の大成功により、張儀は連衡策(秦を中心とした同盟)の勝利を決定的なものにしました。



