東京都文京区にある六義園。
江戸時代の最高傑作と称される廻遊式築山泉水庭園として、多くの人々に愛され続けています。
しかし、この「六義園」という名前には、実は深い文学的な意味が込められていることを
ご存知でしょうか。
「六義」とは何か?
六義園の「六義」は、中国古典『詩経-大序』に由来する詩の分類と表現技法の総称です。
詩を理解し、鑑賞するための6つの要素として古くから重要視されてきました。
内容による分類
1. 風(ふう) 各地の民謡や民間で歌われる歌謡を指します。
地方の風俗や人々の素朴な情緒を反映した詩です。
2. 雅(が) 宮廷で謡われる格調高い詩。大雅と小雅に分けられ、主に周王朝の宮廷音楽に関わり、
貴族の洗練された生活や感情を表現します。
3. 頌(しょう) 宗廟祭祀の際に謳われる、祖先や帝王の徳を讃える荘厳な詩です。
表現方法による分類
4. 賦(ふ) 物事を直接的に語る表現手段。
直叙法により、事柄や思いをそのまま率直に述べる技法です。
5. 比(ひ) 比喩を用いて感情や物事を表現する手法。
象徴的な表現により、より深い意味を込めます。
6. 興(きょう) 他のものから連想させることで、感情やテーマを間接的に表現する技法。
まず身近なものを述べ、それによって主題を引き起こします。
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なぜ「六義園」という名前になったのか
この庭園を造営したのは、5代将軍徳川綱吉の側用人として知られる柳沢吉保です。
吉保は単なる政治家ではなく、深い文芸への造詣を持つ文化人でもありました。
詩経の「六義」という古典的な概念を庭園名に用いたのは、
この庭園が単なる美しい空間ではなく、詩的な世界を具現化したものであることを示しています。
つまり、六義園は「詩を投影した庭園」なのです。
吉保は来園者に対して、六つの詩的鑑賞法によってこの庭園を味わってほしい
という願いを込めたのではないでしょうか。
日本の心を写した庭園
興味深いことに、六義園は中国式の庭園ではありません。
名前こそ中国古典に由来しますが、その実態は純粋に日本的な美意識に基づいて造られています。
万葉集や古今和歌集に詠まれた美しい景色を庭園という空間に写し取る—
これこそが六義園の真の姿です。
「むくさのその」と呼ばれたこの庭園は、日本の和歌文学の世界を立体的に表現した、
まさに「歌の庭」なのです。
まとめ
六義園の名前には、中国古典の教養と日本古来の美意識が見事に融合した
江戸時代の文化的成熟が表れています。
庭園を歩く際は、ぜひこの「六義」の視点を意識しながら、
柳沢吉保が込めた詩的な世界観を感じ取ってみてください。
四季折々の美しさの中に、古典文学の豊かな世界が息づいていることを発見できるはずです。