> ※この記事は、私の遼(契丹)シリーズで、「[澶淵の盟と蕭燕燕の中央集権]」の続き=軍事と逆説の編です。前編が「和平の金をどう使ったか(中央集権)」なら、こちらは「どうやってその和平を勝ち取ったか(大胆な軍事の賭け)」と、「その成功が、なぜ後の滅びの種になったか(豊かさの罠)」の話です。出発点は、彼女は、国力(経済力)の差がわかっていたから
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敵地深く突き進んだ、騎馬軍団
1004年、遼は大軍を率いて南下し、北宋への侵攻を開始しました。これを主導したのが、遼の実質的な最高権力者・蕭燕燕(承天皇太后)です。
遼軍はまず定州や瀛州(えいしゅう。現在の河北省河間)を攻めますが、両都市の守りは予想以上に堅く、なかなか落ちません。ここで蕭燕燕は、大胆な決断を下します。これらの要塞都市は落とさず、包囲もそこそこに、主力の騎馬軍団をそのまま宋の深部へと突き進ませたのです。
地図を見ると、その大胆さがよくわかります。定州・瀛州という敵の拠点を背後に残したまま、遼軍は黄河のほとりまで到達しました。兵法の常識では、後方の敵拠点から挟み撃ちにされる危険があり、普通は避ける戦法です。
機動力に賭けた、realistの奇策
しかし蕭燕燕は、その危険を承知のうえで、あえてこの道を選びました。騎馬軍団の最大の強み=機動性を最大限に使い、敵の首都・開封に直接の脅威を突きつけて宋朝廷を動揺させ、有利な条件で和を結ぼう——そう狙ったのでしょう。
ここに、この人の本質があります。蕭燕燕は、宋と遼の国力(経済力)の差を、はっきり見抜いていました。人口でも富でも、宋は遼をはるかに上回る大国です。だから、まともにぶつかる全面戦争・長期戦は、遼には勝てない。土地を切り取って占領し続けることも、現実的ではない。
——ならば、「勝てない戦争」を避け、勝てるうちに脅して、いちばん得な形で手を打つ。彼女の進軍は、領土征服のためではなく、有利な和平を引き出すための、巨大な交渉カードだったのです。
素人目にも、この作戦は危うい。一歩間違えば全軍が孤立し、壊滅しかねません。けれど蕭燕燕は、「騎馬の速度があれば、危なくなれば素早く退ける」と計算していたのでしょう。遼軍は開封をうかがう要地・澶州(せんしゅう)まで進み、宋軍と対峙します。陣中で遼の名将・蕭撻凜が宋の弩に倒れるなど(→「[澶淵の盟と蕭燕燕の中央集権]」)損害も出ましたが、首都を脅かされた宋朝廷は動揺し、ついに両者は和平交渉のテーブルに着きました。
> この「勝てない相手とは、まともに戦わない。脅して、金で折り合う」という計算は、シリーズで読んだ秦の[尉繚]の冷徹さ——「天命や勇に頼らず、人事(計算)で勝つ」——と、同じ知性の系譜にあります。蕭燕燕は、勇ましいだけの女傑ではありません。国力の差を直視できる、徹底したリアリストだった。だからこそ、勝ち切れない戦を、最大の利益で畳んでみせたのです。
澶淵の盟——金で買った平和
こうして結ばれたのが、有名な澶淵の盟です。遼は領土拡大を諦める代わりに、宋から毎年、銀十万両・絹二十万匹という巨額の歳幣を受け取ることになりました
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(盟約の詳しい中身は→「[澶淵の盟と蕭燕燕の中央集権]」)。明確な国境が定まり、両国は国境紛争から解放されて、国内の統治と発展に専念できるようになります。長い戦争が終わり、約百二十年の平和が訪れたのです。
繁栄と、その先の皮肉
遼にとって、澶淵の盟は金銭的にも大成功でした。毎年確実に入る莫大な収入で、遼は急速に栄えます。文化が花開き、経済が伸び、蕭燕燕が夢見た「豊かな大国」が、ひとまず実現したかに見えました。
けれど、ここに歴史の皮肉があります。
苦労せずに大金が入ってくる——その状態が長く続くうちに、遼の支配層は、少しずつ張りを失っていきました。戦う必要がなくなれば、軍事の緊張感は緩む。かつての強靭さや勤勉さが薄れ、豊かさは安逸を生み、安逸は備えの衰えを招く。蕭燕燕は遼を豊かにするために戦い、和を結び、その願いを叶えました。
しかし皮肉にも、その豊かさこそが、ずっと後の遼の衰退の遠因になっていった——そう語られることがあります。地図上に引かれた彼女の大胆な進軍路は、その成功が逆説的に滅びへつながったという、歴史の皮肉をも示しているのです。
> 留保(因果の鎖は長い) ただし、ここは慎重に。遼が実際に滅ぶのは、澶淵から約百二十年後の1125年、新興の女真(金)によってです。その滅亡には、末期の天祚帝の失政、女真の急激な台頭など、いくつもの直接の原因があり、「澶淵の豊かさが遼を滅ぼした」と一本道で結ぶのは行き過ぎでしょう。それでも、「長すぎる平和と、汗をかかずに得た富が、武の備えと緊張を蝕む」という現象自体は、確かにありました。これは蕭燕燕の罪ではなく、むしろ成功があまりに見事だったがゆえの、後世への宿題だったのだと思います。栄華の絶頂が、次の衰退の起点になる——清の[乾隆帝]の盛世が、まさにそうであったように。豊かさは、いつも諸刃なのです。
おわりに
蕭燕燕の非凡さは、二重です。ひとつは、国力の差を直視して、勝てない戦争を避けたrealistの目。
もうひとつは、その目で勝ち取った和平と富を、王権の集約に転じた政治の手腕(→「[澶淵の盟と蕭燕燕の中央集権]」)。彼女は、軍事でも外交でも内政でも、ほとんど完璧に勝ちました。
それでも——いや、だからこそ、その完璧な成功が、次の世代に予期せぬ宿題を残した。歴史は、勝ちすぎた者にこそ、長い影の代償を用意しているのかもしれません。蕭燕燕という傑出した統治者の生涯は、その静かな逆説を、私たちに教えてくれます。
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