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魏美人「鼻そぎ」事件と張儀の美人計——史実は鄭袖の嫉妬、ドラマは謀略|ミーユエ10・11話

ドラマ『ミーユエ』10・11話は、魏美人の「鼻そぎ」事件を張儀の美人計として描きます。でも、史実の掩鼻(えんび)事件に、張儀は出てきません。あれは、楚の寵妃・鄭袖(ていしゅう=ドラマの南后)自身の嫉妬が生んだ話(『戦国策』)です。ただし——張儀と鄭袖には、別の場面で本当の接点があります。

史実の「掩鼻」事件——鄭袖の、恐ろしい嫉妬(戦国策・韓非子)

まず、史実のほうから。この話は『戦国策・楚策』と『韓非子・内儲説』に載る、有名な後宮の逸話です。張儀は、いっさい関係ありません。

魏王が、楚の懐王に、絶世の美女(魏美人)を贈りました。懐王は夢中になります。困ったのは、それまで寵愛を独占していた寵妃・鄭袖。けれど彼女は、嫉妬をおくびにも出さず、正反対の手を打ちます。

第一段——信頼させる。 鄭袖は、新入りの魏美人を、王よりも可愛がってみせた。美しい衣も装飾品も、彼女が望むままに与える。王は「鄭袖は嫉妬しない、できた女だ」と感心し、魏美人も鄭袖を「良き姉」と信じ切りました。

第二段——弱みを植える。行動を誘う。 信頼を得たところで、鄭袖はそっと囁きます。「王はあなたを心から愛しておいでよ。ただ……あなたの鼻だけは、少しお気に召さないみたい。王の前では、袖で鼻を隠していらっしゃい。きっと長く寵愛されるわ」。純真な魏美人は、言われたとおり、王の前で鼻を覆う(掩鼻)ようになりました。

第三段——王に囁く。 そこで鄭袖は、王に告げ口します。「あの子、王のおそばで、いつも鼻を覆っておりますでしょう。……じつは、王のお体の匂いが、お嫌いなのだそうです」。

激怒した懐王は、愛した魏美人を、劓(ぎ)=鼻そぎの刑に処してしまいます。美しい顔を、二度と戻らぬ形に損なわれて——。(戦国策の話は、ここで終わります。「絶望して自害した」という結末は、ドラマの脚色です。)

> 私の見立て——これは「借刀殺人」の名品 鄭袖のやり口は、自分の手をいっさい汚さないところが恐ろしい。魏美人を殺したのは、鄭袖ではなく、王です。鄭袖はただ、王の愛を、王自身の手で憎しみに変えさせただけ。これを兵法で「借刀殺人(しゃくとうさつじん)=人の刀を借りて人を殺す」といいます。しかも彼女は、はじめに「嫉妬しない優しい先輩」を完璧に演じている。善良な仮面の下に刃を隠すこの手口は、じつは『甄嬛伝』の宜修や安陵容が使うものと、そっくり同じ構造です(→「[純元皇后と宜修]」)。二千年前も、後宮の“心を攻める”技術は、すでにここまで完成していたのです。

ドラマ『ミーユエ』の脚色——張儀を黒幕にした理由

では、なぜドラマは、この鄭袖の嫉妬劇を、張儀の美人計に仕立て直したのでしょうか。

『ミーユエ』では、張儀が合従同盟を崩すために、南后(鄭袖)の嫉妬を焚きつけ、鼻そぎ事件を裏で操ったことにします。張儀が『御女論』なる女性論を書いて好色な楚王に取り入る、といった細部も、ドラマの創作です。そして事件の結果、魏美人が辱められて魏が面目を失い、楚魏関係が決裂して合従が崩れた——という因果の大きな筋も、史実にはありません。史実の掩鼻は、あくまで後宮内の悲劇で、それが国家同盟を崩した、とは記録されていないのです。

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ドラマがこう変えたのは、たぶん物語を一本に束ねたかったから。史実では別々の「鄭袖の嫉妬」と「張儀の同盟破壊」を、一人の黒幕(張儀)の一つの謀略にまとめれば、ドラマとしては、ずっとスリリングになります。これは、実在の一人を二人に割った純元・宜修とは逆に、別々の出来事を一つに束ねた改変です。物語は、こうやって史実を編集します。

史実の「張儀 × 鄭袖」——本当の接点は、これ

とはいえ、張儀と鄭袖に接点がなかったわけではありません。本物の接点は、別の場面にあります。

「[商於六百里]」の詐術(→姉妹記事)で楚を騙した張儀は、のちに楚へ乗り込んだ際、怒る楚に捕らえられ、殺されかけます。

このとき動いたのが、楚の重臣・靳尚(きんしょう)。彼は鄭袖にこう吹き込みました。

「張儀を殺せば、秦は怒って攻めてくる。和睦のために、秦は美しい公女を楚王に差し出すでしょう。そうなれば、あなたの寵愛は奪われますよ」。恐れた鄭袖は、懐王を必死に説いて、張儀を釈放させてしまう。

忠臣・屈原(くつげん)が「張儀を逃すな」と諫めたのも、退けられました。

つまり史実の鄭袖は、張儀に操られた駒ではなく、むしろ自分の保身のために、張儀を助けてやった実力者だったのです。ドラマの「張儀が鄭袖を操る」とは、力関係がまるで逆。ここが、史実のいちばん面白いところだと思います。

> 私の見立て——楚を滅ぼしたのは、兵ではなく「人心」だった 商於の詐術も、掩鼻の悲劇も、張儀の釈放も、共通するのは「人の心の弱み一つで、国家が動いてしまう」ことです。懐王の虚栄と好色、鄭袖の嫉妬と保身——秦は、そこを突いた。「心を攻めるを上とす(攻心為上)」という兵法の言葉があります(もとは後世、諸葛亮に献じた馬謖の言とされますが、原理は戦国のこの時代から生きていました)。最も効く武器は、必ずしも兵ではない。相手の感情そのものが、最大の弱点になる——嫉妬をSNSの分断工作に、詐術をフェイクニュースに置き換えれば、そっくり現代の情報戦の原型です。二千年前の後宮で完成していた「心を攻める」技術は、いまも、形を変えて生きています。

まとめ

「魏美人の鼻そぎ」は、張儀の美人計ではありません。史実では、寵妃・鄭袖が、王の手を借りてライバルを葬った、借刀殺人の傑作でした。ドラマ『ミーユエ』は、それを張儀の謀略に束ね直し、合従崩壊の物語につなげた——史実の編集です。そして史実の鄭袖は、操られる駒ではなく、張儀の命さえ左右した、楚宮廷の実力者だった。史実と創作、その両方を知ると、この残酷な話が、いっそう立体的に見えてきます。人の心の弱みを突く戦いは、剣より静かで、剣より深く効く。それを、この鼻そぎの物語は、二千年前から教えているのです。

◀ 張儀の詐術(姉妹編):[商於六百里(六百里が六里になった話)] | 張儀の退場:[秦武王]
◀ 後宮の“借刀殺人”:[純元皇后と宜修] | [安陵容の死の真相]
◀ 楚の傾き:ミーユエ(宣太后・芈月)本編へ | 諫言した忠臣:屈原(→[商於六百里]の後日談)
◀ シリーズ一覧:清朝末期シリーズ 完全ガイドへ

 

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