> ※この記事は、ちょっと刺激的な“仮説”の話です。中国の「[牧誓]」で生まれた天命・易姓革命の考え方は、海を越えて、日本にも飛び火しました。その痕跡が、天智天皇の諡号(おくりな)に隠れているのではないか——という説があるのです。鵜呑みにはせず、史料の目で確かめながら、読んでいきます。
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「天智玉」とは何か——紂王が、身に巻いて焼けた玉
まず、鍵になる「天智玉(てんちぎょく)」から。これは、熱を伝えにくい翡翠の一種とされ、採れる量が極めて少ない、貴重な玉です。
この玉が中国史でいちばん有名に登場するのが——殷の最後の王、暴君紂王(ちゅうおう)の最期です。『逸周書(いっしゅうしょ)』世俘篇には、こうあります。
「商王・紂、天智玉琰(ぎょくえん)五つを取り、身に厚く環(めぐ)らして、自ら焼く」。
周の武王に敗れた紂王は、宝玉を身にまとい、鹿台に火を放って、自ら焼け死んだ——その玉が、天智玉だったというのです。貴く美しい玉が、暴君の最期と結びついた、負の象徴になった瞬間でした。
いっぽう中国古典では、「天智」にはもう一つ、
①天賦の才という意味もあります(『韓非子』は、見る・聞く・考える力も生来の素質に左右される、と説きます)。生まれながらの並外れた才能と、暴君・紂王の玉。「天智」は、この相反する二つを、合わせ持つ言葉だったのです。
大胆な仮説——天武=周の武王、天智=紂王?
ここから、ある説が立ち上がりました
天武天皇が、兄とされる天智天皇に「天智」という諡を贈ったとき、そこには二重の評価が込められていたのではないか
——肯定面は「生まれながらの並外れた才」、否定面は「紂王のような(玉を巻いて滅びた暴君のような)影」。
つまり、周の武王が殷の紂王を倒したのと同じ構図を、天武(武王)が天智(紂王)になぞらえて暗示した、というのです。
そして、もう一歩踏み込んだ異説もあります。
もし天智天皇と天武天皇が、じつは血縁ではなく、壬申の乱(672年)が、単なる皇位継承争いではなく、“王朝交代(易姓革命)”だったとしたら——という仮説です(→易姓革命そのものは「[以徳配天]」)。王朝が代わったという事実は都合が悪いので、後から系譜を書き換えて「兄弟」に仕立てた、と。
私の見立て—
この仮説、わくわくします。でも、史料の目で見ると、いくつも引っかかる点があります(孟子の「[書を尽く信ずれば、書なきに如かず]」の精神で)。
ひとつ。「天智」という漢風の諡号を、天武が贈ったわけではないこと。
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天智・天武といった漢風諡号は、二人の死から約九十年もたった奈良時代(七六二年頃)に、淡海三船(おうみのみふね)という学者が、歴代天皇のぶんを一気にまとめて撰(えら)んだものです。
だから「天武が、兄を紂王になぞらえて贈った」という前提は、そもそも成り立ちにくい。
しかも、その名付け親・淡海三船は、壬申の乱で負けた側——大友皇子(弘文天皇)の子孫でした。
ふたつ。壬申の乱で天武が倒したのは、天智本人ではないこと。天智はその前年に病没しており、天武(大海人皇子)が戦ったのは、天智の子・大友皇子でした。「武王が紂王を討つ」の構図とは、少しずれます。
みっつ。それでも——天武の側が、天命思想を“使った”ことは、確かです。
勝者・天武の命で編まれた『日本書紀』は、壬申の乱を、天が天武に味方した正義の戦いとして描きました。
これは、まさに「[歴史は勝者が書く]」の、日本版です。中国の天命・易姓革命の“文法”は、確かに日本へ飛び火し、勝者が自らの正統を語る道具になった。
——だから、私はこう考えます。「天智=紂王」という諡号の暗号は、おそらく後世のロマンだけれど、その背後にある「天命で勝者を正当化する」という思考の型は、本物の飛び火だった、と。暗号は疑わしい。でも、型は、確かに渡ってきていたのです。
まとめ——飛び火したのは、「勝者は天命で語る」
天智玉と紂王、天武と武王——この符合は、確かに胸が躍ります。けれど、漢風諡号が後世の一括撰進だったという一点だけでも、「天武が兄を紂王になぞらえた」という読みは、慎重に扱うべきでしょう。
それは、定説ではなく、ロマンです。——ただ、ロマンを差し引いてもなお、確かなことが残ります。
牧誓に生まれた「天命・易姓革命」という考え方は、海を越えて日本に渡り、壬申の乱の勝者が、自らの正統を語る言葉になった。
飛び火したのは、「天智=紂王」という細かな暗号ではなく、もっと大きな、「勝者は天命で語る」だった。と思います。
> ※この記事の「天智=紂王」「壬申の乱=王朝交代」説は、あくまで歴史的仮説であり、学術的な定説ではありません。手がかりとしての面白さと、史料的な慎重さの、両方を大切にしたいと思います。
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