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『長歌行』阿詩勒隼(あしらしゅん)のモデルたち——三人の突厥王族が重なった英雄

> ※この記事は「草原の帝国」シリーズの一篇で、「[李長歌のモデル]」編と対になります。あちらがヒロインのモデルなら、こちらは相手役阿詩勒隼(アシラ・シュン)のモデル編。結論から言えば、彼は架空の人物ですが、その背景には三人の実在の突厥王族が、巧みに重ね合わされています。

ドラマの阿詩勒隼

阿詩勒隼は、東突厥の頡利可汗(けつりかがん/ジエリ・ハーン)の養子でありながら、実は契丹人という設定で描かれます。草原で育ち、九歳の頃から卓越した騎射の才を見せ、「草原のはやぶさ(アシラ・ファルコン)」の異名で呼ばれる。「あしなしゅん」という名は、この「アシラ・ファルコン」を漢字に当てて日本語読みしたもの、というわけです。

十年間無敗を誇りながら、王位争いには関心を示さず、その無敵ゆえに政治の渦に巻き込まれていく——そして男装の女性・李長歌(→「[李長歌のモデル]」)と出会い、共に唐と草原の平和のために戦う。これが、ドラマの阿詩勒隼です。

モデル① 阿史那思摩——「養子」と「異族の顔」

ドラマの「頡利可汗の養子」という設定に対応するのが、阿史那思摩(あしなしも)です。彼は東突厥の王族でありながら、その容貌が胡(ソグド系)に似ていたために、頡利可汗から「真の阿史那の血ではないのでは」と疑われ、重要な軍権(設=シャド)を与えられませんでした。

> 「血筋の中にいながら、よそ者扱いされる」——この阿史那思摩の境遇が、ドラマの「養子であり、実は契丹人」という、阿詩勒隼の出自設定に影を落としていると考えられます。のちに思摩は唐に降り、太宗・李世民は彼を可汗に立てて、突厥の民を率いさせました。疑われた異族の顔の男が、最後は唐に重んじられる——というねじれも、ドラマの隼に通じます。

モデル② 阿史那忠——唐の県主を娶った忠臣

二人目が、前の記事でも触れた阿史那忠(あしなちゅう)。彼は突厥王族の出で、唐に降伏したのち、唐の県主(皇室につらなる女性)を娶り、生涯を唐に忠実に仕えました。

その名のとおり「忠」の人。降伏した草原貴族が、唐の皇室と結ばれ、忠臣として生きる——阿詩勒隼の、唐との和解と忠誠の物語は、この阿史那忠の生涯から来ています。

モデル③ 阿史那社爾——「10年間、税を取らなかった」王

そして、もっとも興味深いのが阿史那社爾(あしなしゃじ/604〜655年)です。彼は、ヒロインのモデルの一人・衡陽長公主の、実際の夫でもありました(→「[李長歌のモデル]」)。

わずか十一歳の若き統治者。 社爾は十一歳で「設(シャド/統治者)」となり、砂漠の北の鉄勒・回鶻の諸部を治めました。驚くべきは、その統治方針です。彼は十年間、税を一切徴収しなかったといいます。「部族が豊かであれば、私も十分に豊かだ」——これが、彼の理念でした。

> これは、草原の「富」の思想だ 民から搾り取らず、部族全体が富めばよしとする社爾の考えは、このシリーズで見てきた草原の富のあり方と、深く響き合います。

回鶻が略奪より交易で部族を富ませ(→「[回鶻の歴史]」)、その富を都に集めた(→「[可敦城の興亡]」)ように、草原の富は本来、奪って独り占めするものではなく、流れて部族をうるおすものでした。社爾の「無税」は、その理想の、極端なまでに純粋な現れだったのかもしれません。

激動の生涯。 626年に突厥へ反旗を翻し、東突厥の崩壊後は西突厥の内乱に乗じて国土の半ばを奪いますが、やがて反撃を受けて敗れ、635〜636年、軍を率いて唐に降りました。そして衡陽長公主を娶り、唐の将軍として、亀茲(クチャ)遠征などで活躍します。

勇猛な草原の王が、最後は唐に忠誠を尽くした——その波乱の生涯が、阿詩勒隼の「無敵の戦士でありながら、唐と草原の架け橋になる」姿に、力強い芯を与えています。

歴史とドラマの違い——なぜ「契丹人」にしたのか

史実のモデルたちは、いずれもテュルク系の突厥貴族でした。けれどドラマの阿詩勒隼は、契丹人という設定になっています。これはおそらく、「アシラ・ファルコン=はやぶさ」に込められた「外来の、放浪する者」というイメージが、「血筋の中のよそ者(阿史那思摩)」の境遇と響き合い、「契丹人」という設定に結晶したのでしょう。

なお実際の歴史では、東突厥は630年に唐に滅ぼされ、その際に唐を助けたのが、同じテュルク系の鉄勒でした(→「[突厥]」「[長歌行と東突厥の滅亡]」)。

ドラマは、この複雑な民族関係を巧みに脚色して、物語に織り込んでいます。

私の見立て——「降る草原貴族」という、もう一つの英雄像

阿詩勒隼は、完全な架空の人物でありながら、阿史那思摩・忠・社爾という三人の実在の突厥王族の特徴を、見事に一つに編み上げたキャラクターです。疑われた異族の顔(思摩)、唐への忠誠(忠)、無税の理想と波乱の武勇(社爾)——三つの実像が、一人の英雄に宿っている。

そして三人に共通するのは、「草原に生まれ、唐に降り、中華の中で生きた」ことです。これは、遼のシリーズで見た[韓徳譲]——漢人でありながら契丹の皇族になった男——の、ちょうど鏡像です。

韓徳譲は「漢→草原」、阿史那の王族たちは「草原→中華」。征服する側とされる側の境界は、人の生き方の中で、いつも溶け合っていた。ドラマ『長歌行』が架空の阿詩勒隼を通して描いたのは、勝ち負けや民族の線を越えて生きた、そういう人々の記憶だったのだと、私は思います。

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◀ テーマでつながる:[韓徳譲(漢→契丹皇族・融合の鏡)]
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