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魏瓔珞と衛嬿婉は同一人物——令妃・魏佳氏の史実と、毒殺の噂を分ける【延禧攻略・如懿伝】

> ※「延禧攻略の魏瓔珞(正義のヒロイン)」と「如懿伝の衛嬿婉(冷酷な悪役)」が、じつは同じ一人の実在人物だと知って、さらに毒殺の噂まで出てきて、こんがらがっていませんか。大丈夫です。この記事で、史実(確かなこと)/ドラマの脚色/後世の噂を、三つにきっぱり分けます。分ければ、こんなにすっきりする話です。

 史実の魏佳氏——確かなこと

二人のモデルは、乾隆帝の側室令妃(れいひ)=孝儀純皇后 魏佳氏(ぎかし、1727〜1775)。ここは記録の残る史実です。

– 出自は包衣(ぱおい)。満洲正黄旗の包衣(皇室に仕える隷属民)で、内管領・魏清泰の娘。魏氏は漢姓——彼女は漢人系の包衣出身でした(包衣とは→「[包衣制度(奴隷から皇后まで)]」)。
– 乾隆10年(1745年)に入宮して貴人→令嫔、乾隆13年(1748年)に令妃、乾隆30年(1765年)に皇貴妃へ。低い身分から、後宮の実質No.2まで上りつめます。
– 乾隆25年(1760年)、第十五皇子・永琰(えいえん)を出産。この子が、のちの嘉慶帝(かけいてい)です。彼女は、乾隆帝の妃嬪のなかで最も多くの子を産んだ女性でもありました。
– 乾隆40年(1775年)、49歳で病没。諡は令懿皇貴妃。

「生前は皇貴妃、皇后は死後」——ここが誤解されやすい

大事な訂正を一つ。魏佳氏は、生きているあいだ、正式な皇后にはなっていません。実質的に後宮を取り仕切ってはいましたが、位はあくまで皇貴妃どまり。

皇后になったのは、死後です。乾隆60年(1795年)、乾隆帝が息子・永琰を皇太子に指名すると同時に、その生母である彼女を「孝儀皇后」に追封しました。一族も満洲鑲黄旗(じょうこうき)へと引き上げられます(抬旗=たいき)。生前に叶わなかった位が、息子の即位によって、死後にようやく実現した——「[包衣制度]」で書いた、奴隷身分から皇后へ、という奇跡の正体は、これです。

ドラマの脚色——「計算された出会い」など

ここからは、史実の”確かな記録”ではありません。

たとえば「先の皇后・富察氏が悲嘆に暮れる長春宮へ毎日通い、皇帝との”偶然の出会い”を演出して寵愛を得た」——といった、戦略家めいたエピソード。これは、ドラマや後世の脚色で、史料に確たる裏づけはありません。『延禧攻略』も『如懿伝』も、記録の少ない彼女の後宮での日々を、それぞれの物語として、豊かに膨らませているのです。

じつは、これが核心——「史書が、性格を書いていない」

ここに、この人物のいちばん面白い事実があります。ほかの妃には「穏やかな性格」「賢明」といった人物評が史書に残るのに、魏佳氏については、性格の記述がほとんど残っていないのです。あるのは、乾隆帝が与えた「才知に優れる(敏慧)」という短い褒め言葉くらい。

奴隷身分から後宮No.2まで上りつめたのだから、並外れた”何か”があったはずです。でも、それが何だったのかは、記録が沈黙している。——そして、この空白こそが、二つの正反対のドラマを生んだのです。

毒殺の噂の正体——「腐らなかった遺体」から生まれた推測

さて、いちばん誤解されやすい「毒殺説」を、はっきりさせましょう。これは噂であって、史実ではありません。噂の出どころは、彼女の死から150年以上あとの、こんな出来事です。

軍閥割拠の時代、1928年、軍閥・孫殿英(そんでんえい)が、乾隆帝の陵墓・裕陵(ゆうりょう)を盗掘しました。のちに溥儀が後始末に人をやって地宮を片づけたところ、驚くべきことが判明します。埋葬された6人のうち、5人は白骨になっていたのに、令妃・魏佳氏の遺体だけが、腐らず、生けるがごとく残っていたのです。

この不思議から、専門家は「体内に重金属があったのでは」と推測しました。そして、その重金属の理由として、①病がちだった彼女が飲んでいた薬に重金属が含まれていた、②水銀(すいぎん)による防腐処理、③毒による中毒死——などが推測として挙げられたのです。

つまり、「毒殺」は、あくまで腐らなかった遺体から逆算した、いくつもある推測の一つにすぎません。ましてや「乾隆帝が愛する令妃を密かに毒殺した」というのは、証拠のない、扇情的な俗説です。薬か、防腐か、毒か——真相は、誰にもわかりません。確かなのは「遺体が腐らなかった」という一点だけなのです。

——では、なぜこれほど証拠の薄い説が、これほど広く信じられてきたのでしょう。じつはそこに、ドラマの描いた「顔」が、静かに効いています。『如懿伝』が空白に描いた「陰謀で這い上がった冷酷な悪女」——その残像があると、人の心はこう囁くのです。「あの女なら、毒で消されても不思議はない」。本来なら人柄と何の関係もない物理現象(腐らない遺体)が、フィクションの与えた”悪女の顔”と結びつき、証拠の穴を、それらしく埋めてしまう。毒殺説がしぶといのは、証拠のせいではなく、物語のせいなのです。歴史が沈黙して生まれた「顔」が、今度はめぐって、史実の解釈そのものを塗り替えていく——魏佳氏は、その最も皮肉な実例でもあります。

 私の見立て——空白に、二つの顔が描かれた

では、なぜ同じ一人が、片や正義のヒロイン(魏瓔珞)、片や冷酷な悪役(衛嬿婉)になったのか。

答えは、さっきの「史書の空白」です。性格の記録が残っていないからこそ、後世は、その空白に、正反対の顔を自由に描けた。しかも面白いことに、二つのドラマは、乾隆帝が残したただ一つの手がかり——「敏慧(才知に優れる)」——を、正反対の方向へ使ってみせます。同じ「頭のよさ」が、一方では武器に、もう一方では凶器になるのです。

『延禧攻略』の魏瓔珞は、その才知で、階段を一段ずつ上っていく。彼女は「やられたら、やり返す」——理不尽に泣き寝入りせず、知恵で相手を出し抜いて報いる。乾隆帝にさえ媚びず、対等に渡り合う。この「逆襲するヒロイン」像が、現代中国の若い女性たちの圧倒的な支持を集めました。史実の彼女が、包衣という最下層から実力で這い上がった、その痛快さと、きれいに重なるからです。

『如懿伝』の衛嬿婉は、逆です。同じ才知を、悪巧みに注ぎ込む。ライバルの妃嬪を一人また一人と陥れ、寵愛を独占するためには手段を選ばない、本作最大の悪役として描かれました。——そして、ここに、このブログのテーマそのものが現実に噴き出した出来事があります。この役を演じた女優・李純(リー・チュン)さんは、あまりに憎々しく演じきったために、フィクションであるにもかかわらず、大勢のネットユーザーから罵倒を浴びました。彼女は後のインタビューで、「一時期、SNS(微博)のコメント欄を見るのが怖かった」「悪役ばかりで役柄が固定されるのが不安だった」と打ち明けています(その後、『慶余年』での好演によって”悪女”の印象を脱し、再評価されました)。物語が空白に描いた「冷酷な顔」は、演じた生身の人間にまで、現実の敵意となって降りかかったのです。

——さきほどの毒殺説がしぶとく生き残るのも、じつは同じ力でした。フィクションが与えた「悪女の顔」は、二百年前の史実の魏佳氏にも、それを演じた現代の女優にも、現実の敵意を投げかける。物語の「顔」には、それほどの力があるのです。

これは、このブログで何度も見た現象です。一人の実在人物が、記録の薄さゆえに、まるで違う姿に描き替えられる——[孝敬憲皇后が純元と宜修の二人に割られた]のと、[曹丕が時代ごとに顔を塗り替えられた]のと、まったく同じことです。歴史が沈黙するほど、物語は饒舌になる。

ただ、曹丕と魏佳氏のあいだには、決定的な違いがあります。曹丕には、塗り替えられない「地面」がありました——本人が自分の手で書いた『典論・論文』。顔が千年ごとに悪役やら好青年やらに変わっても、あの批評だけは揺れない。だから彼は、顔の連鎖から、かろうじて自由になれた。ところが魏佳氏は、文章も、日記も、自分の言葉を何ひとつ残さなかった。残ったのは「敏慧」という乾隆帝の一言と、「腐らなかった遺体」という物理だけ。足を置ける揺れない地面が、彼女にはないのです。だからこそ彼女の顔は、曹丕以上に、際限なく描き替えられる(顔と作品の話は→「[曹丕(時代が塗り替える顔)]」で詳しく)。

魏佳氏は、その最も鮮やかな例でしょう。史実は「包衣から皇貴妃へ上り、嘉慶帝を産み、死後に皇后となった、才知ある女性」。そこまでは、確か。けれど、その胸のうちが優しかったのか、冷たかったのかは——史書が語らない以上、私たちには、永遠にわからない。そして、わからないからこそ、彼女は二百年後の今も、二つの顔で愛され続けているのです。

 まとめ——どちらが本当の魏佳氏か

魏瓔珞と衛嬿婉は、同じ一人。史実の魏佳氏は、包衣という低い身分から、実力で嘉慶帝の生母・皇貴妃にまで上り、死後に皇后となった、まぎれもない実力者でした。けれど、その性格を史書は書き残さなかった。だから私たちは、彼女が聖女だったのか、悪女だったのかを、決めることができません。——でも、それでいいのだと思います。空白は、欠点ではなく、余白。その余白に、これからも人は、新しい魏佳氏を描き続けるでしょう。あなたが信じたい魏佳氏は、聡明なヒロインですか、それとも、したたかな女傑ですか。どちらを選んでも、史実は、否定しないのです。

◀ 奴隷から皇后へ(史実の背骨):[包衣制度(奴隷から皇后まで)] | [延禧攻略の金蓮歩(纏足と漢満の境界)]
◀ 同じ“描き替え”:[純元皇后と宜修(一人を二人に)] | [曹丕(時代が塗り替える顔/残せた者と残せなかった者)]
◀ 同じ乾隆の後宮:[愉貴妃・海貴人(争わない生き方)] | [甄嬛のモデル(孝聖憲皇后)]
◀ シリーズ一覧:清朝末期シリーズ 完全ガイドへ

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