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二つの運命 – 中華人民共和国における醇親王家と肅親王家の処遇の違い
中華人民共和国建国後の満州族政策の変遷は、以下のような流れで進みました 初期の排除から統合へ 当初、革命派は満州族全体を排除する方針でした しかし後に「五族共和…
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清朝最後の改革者 – 肅親王善耆の生涯
近代中国史において、伝統と改革の狭間で奮闘した人物として、肅親王善耆(1866年-1922年)の名を挙げることができます。今回は、この清朝末期の重要な改革者につ…
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清朝最後の日々 – 溥儀退位の舞台裏
混乱の始まり 1911年、辛亥革命の勃発により、清朝は存亡の危機を迎えていました。この機に乗じて、軍事力を握っていた袁世凱は、幼い皇帝溥儀を退位させ、自らが権力…
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婉容皇后の脱出 – 事実と歴史の間で
事実関係の整理 1931年11月10日夜、溥儀は天津を脱出し、13日に営口に到着。その後満州国へ向かいました。溥儀の出発から16日後の11月26日、婉容の脱出作…
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忘れられた忠臣 – 小平総治と清朝最後の日々
歴史の光と影 歴史は、しばしば勝者の視点から語られます。辛亥革命後の中国近代史において、革命派の孫文を支援した宮崎滔天は広く知られる一方で、清朝の大義に殉じた人…
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六義園の六義とは詩経に由来する詩の分類と表現技法
六義園とは 東京都北区にある江戸時代の最高傑作と言われる廻遊式築山泉水庭園である 六義園の六義とは 詩の六義とは、『詩経-大序』に由来する『詩集』の分類と表現技…
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TSMCを産んだ工業技術研究院(ITRI)資料館訪問
ITRI(工業技術研究院)とは 台湾新竹に、技術研究開発を通じて、産業を発展させ、経済的価値を創造するという使命を持ったITRI(工業技術研究院)があります。 …
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牧誓とは 牧野の戦いの前の宣誓 戈を掲げ、盾を並べ、槍を立てよ。私は誓いを宣言する。
牧誓とは 紀元前1066年2月、周の武王は300台の戦車、3000人の戦士、4万人以上の甲冑師、4000台の家臣の戦車を率いて黄河を渡り、殷王朝軍と対決した。 …
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「名を後世に揚げ、父母を顕すは孝の終わりなり」「茶金」から見る姜阿新の子孫の生き様
茶金のモデルになった姜阿新の生まれと青少年時代 茶金は実在の実業家新竹北埔の茶商・姜阿新の生涯を表した手記をもとに作られています。 姜阿新は1901年で生まれた…
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「止」の字の考察 「止」を使った文字「武」「正」そして『止戈为武』
『止』の元々の意味は足の指 止の原義は「足の指」であります。 漢書・刑法志には「左止斬首」という言葉があり、これは左足を切り落とすという意味です 『止』は停止す…
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茶金(ゴールデンリーフ)の舞台「姜阿新洋楼」に行ってきた
姜阿新とは 茶金(ゴールデンリーフ)は実在の実業家、姜阿新をモデルに描かれました 姜阿新(1901〜1982)は31歳の頃、製茶工場(のちに永光会社と改称)を創…
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「以德配天」とは 君主はただ神に仕えるだけでなく徳を持てという事
「以德配天」とは 西周時代の神権政治の学説。 君主の権力は「天」から授けられる。 これは「天命」とも言われますが、 固定的なものではなく、徳のある者だけが天命を…