> ※この記事は、私のシリーズがずっと追ってきた「漢化 vs 独自性」という背骨の、言葉の定義を整理する一篇です。唐の皇室は鮮卑なのに、唐は征服王朝といわないのはなぜ?
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「征服王朝」は、じつは学術用語
遼・金・元・清を「征服王朝」と呼ぶ——これは、なんとなくの言い回しではなく、れっきとした学術用語です。ドイツ系アメリカの学者ウィットフォーゲルが、馮家昇(ふうかしょう)との共著『中国社会史・遼』(1949年)で立てた区分で、彼は北方系の王朝を、二つに分けました。
征服王朝(せいふくおうちょう)——遼・金・元・清。外から中国を征服し、そのうえで自分たちの別個の正体を保ち続けた王朝。漢人を治めながらも、二重統治や部族・八旗の仕組みで、征服者としての独自性を手放さなかった。
浸透王朝(しんとうおうちょう)——五胡十六国や北朝(北魏など)。中国にじわじわ入り込んで、やがて漢に同化していった王朝。征服者の正体を保つより、溶け込む方向へ進んだ。
つまり両者を分けるのは、「征服したかどうか」より、「同化したか、別個でありつづけたか」なのです。
では、鮮卑の血を引く唐は?
ここで、難問が立ちます。唐の皇室は、鮮卑系なのです。建国者・李淵(高祖)の母は独孤(どっこ)氏、[独孤信——北周・隋・唐の皇后を生んだ、天下第一の岳父]
李世民(太宗)の母は竇(とう)氏、その妻は長孫(ちょうそん)氏——どれも鮮卑の名族。
隋も唐も、北朝の鮮卑・漢の軍事貴族連合「関隴(かんろう)集団」から出ています。
歴史家・陳寅恪(ちんいんかく)は、「李唐の活力は、塞外(さいがい)の精悍な血を中原に注ぎ込んだことにある」と評しました。血で見れば、唐は立派な胡漢混血の王朝なのです。
では、唐も「征服王朝」なのか。——答えは、いいえ。けれど、その理由が大事です。
唐が征服王朝に分類されないのは、唐が「征服者として別個でありつづけた」のではなく、鮮卑が漢に溶けきった“結晶”だからです。
北魏の鮮卑は、孝文帝の徹底した漢化(→「[北魏・孝文帝]」)で、姓も言葉も中華に変え、漢人と混じりきった。その同化(浸透)の到達点が、唐なのです。
唐の皇室は、征服者カーストとして漢人の上に乗っていたのではなく、もう混じって一つになり、「中華の王朝として」統治した。だから唐は、征服王朝ではなく、ふつうの(ただし胡漢融合の)中華王朝に数えられる——というわけです。
スペクトラムで見る——溶けるか、残るか
ここまで来ると、シリーズの背骨が、一本のものさしになって見えてきます。征服系の北方王朝は、「漢化か、独自性か」という同じ問いに、それぞれ違う答えを出しました。それを、同化の度合いで並べてみます。
【同化の極】 北魏(鮮卑)→ 隋・唐……溶けて、中華になりきった。征服者は消え、その血だけが新しい中華帝国の芯になった(浸透王朝)。
【中間・両立】 遼(契丹)……二つの物差し(因俗而治・二重統治→「[韓延徽]」)で、漢と契丹を分けて治めた。溶けず、滅ぼさず、併走させた(征服王朝)。
【独立の極】 清(満洲)……八旗という独自の仕組みで満洲人を束ね、漢人は別の系統で治め、最後まで征服者の正体を保った(征服王朝)。
そして、ここに深い逆説があります。後の征服王朝(遼金元清)が、わざわざ二重統治や八旗で「溶けきらない」工夫をしたのは、北魏の鮮卑が、漢化しすぎて消えてしまった前例を、反面教師にしたからだとも読めます。
「我々も完全に漢化すれば、鮮卑のように、漢の海に呑まれて消える」。だから遼も清も、漢化を取り入れつつ、最後の一線で、自分たちの独自性を守った。[『延禧攻略(瓔珞)〈エイラク〉』の金蓮歩——纏足が引いた、漢と満洲の境界線]
——唐(溶けた)と清(残った)は、同じ「征服した者は漢化すべきか」という問いへの、正反対の答えなのです。
征服王朝とは
征服王朝とは、要するに「漢化の海に、溶けきらなかった者たち」のことです。北魏は溶けて唐になり、遼・清は溶けずに残った。その違いこそ、私がこのシリーズで——火神淀の血で、韓延徽の制度で、西太后のバイアスで——ずっと追ってきた「漢化 vs 独自性」の、まさに核心でした。
最後に、正直に一言。この「征服/浸透」という区分は、学者が引いた約束事であって、絶対の真理ではありません。線引きには議論もあります。
たとえば杉山正明さんのように、「北朝・隋・唐は、ひとつながりの拓跋(鮮卑)国家だ」と、唐の草原性を強く見る立場もある。
その目で見れば、唐と遼・清の境目は、思うよりずっと曖昧です。だからこそ——白か黒かではなく、「どれくらい溶けたか」というスペクトラムで見るのが、いちばん正確なのだと思います。
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